森がざわついていた。

一見、辺りを照らす陽射しのように穏やかだがその奥で静かに動き回っていた。

その中の一つに久瀬がいた。

右腕を顔の高さにまで上げそのまま固定している。

それを止り木に一羽の鳥がいる。

その鳥の話を聞き、何度か質問をしてしばらく考え込む。

そしてまた何度か言葉を交わした後、腕を高く振り上げる。

鳥はその勢いに乗って上空に舞い上り、すぐに姿を消した。

見送った後、久瀬は地面を足で平らに慣らす。

ある程度慣らしたところで久瀬の背後からガサリ、と草を掻き分ける音がした。

音の発信源に振り返ると白い女がいた。

服も肌も髪の毛さえも真っ白の女性。

雪の中に居たら見失ってしまいそうなほどの白さ。

離れていると白髪で老人のようにも見えるが、老人ではありえない跳ねるような軽い足取りで近づき、彼女がまだ若い事が分かる。

久瀬より少し年上くらいであろうか。

近づくたびに彼女の腰まで伸びた長い髪が僅かに揺れる。


「夜雲か」

「そう、愛しの夜雲さんよ。たっちゃん」


現れた女性は久瀬ににっこりと笑いかける。

彼女も先程の鳥と同じく久瀬の使い魔にして魔界の住人――魔族。

現当主の曾祖父から久瀬家に仕えている彼女にとって久瀬鷹空は主人にして我が子も同然で、だからであろうか主人に対してとは思えな
いずいぶんな呼称を使い続けている。


久瀬は笑顔の夜雲から地面に視線を戻す。

中断したのを区切りとしたのか慣らすのを止め、次に懐から砂の入った袋を取り出す。

その砂を慣らした地面に歩きながら少しずつ落としていく。


「今、ピーちゃんいなかった?」

「さっきまで、な」


落とす位置に気をつけながら、久瀬は夜雲に使い魔の鳥から手に入れた情報を伝える。

その内容に夜雲もさすがに少し驚く。


「うっわぁ……まずいね、それ」

「まずいなんてレベルじゃない」

「残念だなぁ……。滅びちゃうんだ、雪華都」

「良くても半壊だろう」

「いくら秋子ちゃんでも多勢に無勢――――『多勢に多勢』だからこそ、か」

「『個』ではなく『群』。秋子さんの『守る戦い』を破る唯一の手段かもしれない」


水瀬秋子。

蒼き絶対者。

世界最高峰の天才。


その彼女が自ら言った言葉。


『SSランクでも数が違えば負けます』

『ですから街の皆さんにも協力してもらわなければいけません』


しかし、敵に協力してくれる者達の同等以上の数がいたら。

そして、それぞれの『群』の『個』に戦闘力の差があったら。


「人間と魔物の『群』。どちらが脅威かは明らかだね」


基本的な戦闘力の差。

恐怖するには十分な力があるからこその魔なる存在。


「その上、魔族までいるから手に負えない」

「けど、そこが狙い目じゃない?」

「暴れる『手足』を止めるには統率する『頭』を潰せば良い」

「そうそう」

「その『頭』が高みの見物をしていたら?」

「まぁ……捜すっきゃないんじゃない?」

「その間に多くの人が死ぬだろうね。それを見殺しにする非常さがあの人にあるかな?」

「でも、それが出来なきゃ余計に死ぬだけだし」

「確かに。簡単な理屈だ。しかし、理解は出来るだろうが納得は出来ない」

「理解が出来てれば十分でしょう」

「それは僕達の考えだ」


くくっと冷えきった笑みを浮かべる久瀬。


「秋子さんがどう動くか見物だ」

「よっく言うわー」


あはは、と朗らかに笑う夜雲。


「そうならないようにたっちゃんが小細工しまくってるんでしょっ」

「つまらないオチをつけてくれるね」


そう言いながら久瀬の笑みから冷たさが消えた。


落とした砂は始めの位置と繋がり円となった。

今度はその円の中で途切れ途切れに砂を落としていく。


「なら、小細工の話をしようか」

「はいはいっと」

「皆と話はついたのか?」

「なんとか、ね。たっちゃんが森の主に話をつけてたから何とか協力態勢は取れたかな」

「なら……間に合うか」

「んー、たぶん。こういう時ヤタくんがいないと辛いね」

「居ない者を頼っても仕方ないさ」


久瀬の淡々とした口調から更に熱が引いたように冷めたものとなる。

それを知ってか知らずか夜雲は軽い調子で話す。


「それにしてもヤタくんが殺されるとはねー」

「口封じのつもりだったのだろう」

「ん? あっ違う違う。何のために殺されたかじゃなくて、殺されたこと自体に驚いちゃって」

「そういう意味か。確かに普通なら近づく事すら叶わないからね」

「ヤタくんの『空間』を壊せる者、か。かなりの実力者ね」

「加えて『空間』を操れる者でもあるがね」

「なんにしても面倒ね」

「まったくだ。契約を放棄したくなる」

「そんなこと言うとヤタくんに草葉の陰で泣かれちゃうよ」

「それはない。むしろ怒り狂って僕の心を壊しに罹るだろう」

「わはっ怖い怖い」


笑いながらも夜雲は少し寂しくなっていた。

八咫烏がどう思っていたかは知らないが彼女の方は友達だと思っていた。

その友達が死ねば悲しい。

自分の可愛い主の数少ない理解者と思えば余計に。


夜雲は久瀬を眺め、亡き友の姿を重ねる。


彼らは似たもの同士だったから表面上は仲が悪かったけど。

久瀬と八咫烏のかつてのやりとりを思い出して少し笑いが込み上げて来た。


「どうした? 夜雲」

「んー、べっつに〜。雪華都の方はどうなってるかなーって思って」


訝しげな視線を送る久瀬だったが問い詰める程でもないと思い、気にしない事にした。


「向こうは秋子さんがどうとでもしてるだろう」

「あれあれ。ずいぶん信頼してんじゃん」

「あくまで信用だ。夜雲」

「もうっ。相変わらずね」


夜雲はくすくすと笑いが止まらない。


本当に似ている。

素直じゃないところなんてそっくり。

頑固なところも優しいところも。


「うちの御主人様の方が好い男だけどね」


小さく笑って重ねた姿を外す。


「何か言ったか?」

「言ったけどヒミツー」

「そうか。とりあえずヤタと比べるのは止めてほしいね」

「聞こえてたんじゃん」


文句を言いながらも愉しげに笑う夜雲に久瀬も皮肉も冷たさもない笑みを少しだけ返す。


久瀬は砂を落とすのを止め、全体を確認する。

いつもならもうとっくに出来ているのだが今回は少々複雑にしているので時間がかかっている。

とはいえもう後は円の中心を残すのみ。


夜雲は久瀬の仕上げの作業を少し眺め、頃合いになったところでゆっくりと近づ
く。

すぐ隣に来た時にはちょうど作業も終わり、魔方陣が完成した。


「次は何処へ?」

「雪華都」


二人は淡い光に包まれ、その姿を消した。




















雪華都の東方面の大通り。

そこは人が溢れ、活気に満ち、賑わっていた。

そこを悠然と歩く久瀬と夜雲。

久瀬は珍しく右手に杖を持っていた。

曲がりくねった木で、その頂点には透明の珠がついた魔道具の杖。

珠が取り付けれた方とは逆の先端を時折、コツコツッと地面を叩いている。


「平和ね」

「そうだな」


夜雲は街の光景を見ながら言う。


「これがもうすぐ皆殺されちゃうのか」

「そうだな」


彼女はよよよっとワザとらしく嘘泣きをする。


「きっと阿鼻叫喚の地獄絵図でしょうね」

「そうだな」


隣の演技に目もくれず久瀬がまたコツコツッと杖で地面を叩く。


「あ、どうせなら針山とか造って本格的に地獄っぽくしちゃおうか」

「それは面白そうだね」


それまで適当に流していた久瀬がとんでもない話題に乗ってきた。

他人に聞かれないように、と言うわけではないであろうが二人は人気のない細い脇道に入る。

裏通りに入る際、曲り角に灰と黒の縞模様の杭が刺さっているのを久瀬は確認する。


「とりあえず基本はさっきも言った針山よねー。造るとしたら何処が良いかな?
」

「そうだな……。街の中心にある時計塔を使えばシンボルになるほどの立派なモノが出来るだろう」

「いいわね。でも針はどうしよっか? かなーり量が必要よ?」

「夜雲が発案者だろう。君一人で何とかするんだね」

「なにそれ、冷たいー」


文句を言いながらも久瀬がそう言うのなら自分一人で出来る方法があるんだな。と夜雲は考え、そしてすぐに思いつく。


「あっ氷柱! 氷柱で代用すれば!」

「それなら君一人で造れるね」


よく出来ました。などと言う気はさらさらなく、久瀬はまた杖で地面を叩く。

話しながら道を曲がり、また杭を見つける。


「雪国だから氷が溶ける心配もないし」

「それに、それだと針山地獄と同時に寒氷地獄にもなるしね」

「うんうん。けど代わりに火焔地獄が造りづらいのよね」


夜雲はかなり残念そうに溜息をつく。


「造るのも維持するのにも手間がかかる代物だからね」

「そうなのよーっ。でもっせめて……せめて血の池地獄は造りたい……!」

「何故?」

「だってさー地獄名物・血の池温泉はさいっこーに気持ち良いんだもん!」

「………………」


珍しく久瀬が沈黙。

地面を杖で叩いて気を取り直す。


「……血の池地獄は温泉なんですか?」

「たっちゃん。敬語禁止!」


夜雲は久瀬の口元に、びしっと指差しながら注意する。

彼女に対しての気の取り直し方を少々間違えてしまったようだ。


「家族に対して敬語はだーめっ」


実の両親に対しても敬語を使っていたんだが。と久瀬は思うが呼称同様言っても無駄だとわかっているので自分が折れる事にしている。

そういえば家族じゃなくても敬語を使っていない相手がいたな。と一瞬だけ考え
る。


「……わかっている、夜雲」

「はい、よく出来ました。いい子いい子」


ここで頭を撫でようものならさすがに振り払う。と久瀬は威嚇するように睨み、本当に撫でようとしていた夜雲はつまらなそうに諦める。

それで、血の池のことだけど。と夜雲が話を戻す。


「長湯しなけりゃ温泉なのよ。疲労回復、肩こり、神経痛によく効きますってね」

「長湯したら?」

「疲労その他だけじゃなくて身体も一緒に溶けちゃって血の池の一部になるわ」


みんなで我慢大会とかやったなーっと命懸けの発言。

勝者はそのままあの世への片道切符を手に入れられそうだ。

場所はすでに地獄だが。


「夜雲は特に溶けやすいだろうに」

「ふふふ。危なかったわー」

「……くだらない事に命をかけるね」

「まぁ若かったのよ。それに魔界の実家の近くに地獄の名所があったからちょくちょく利用してたのよね」


暇つぶしに魔物捕まえてよく拷問とかかけてたなぁ。と感慨を抱く夜雲。


「魔界が懐かしいか?」

「どうかなぁ。私あんまり過去は気にしないタチだし」

「たまには魔界に帰ったらどうだ? ずっと人間界に入り浸っているようだけど」

「うーん。百年近く居たらもう人間界が我が故郷って気がすんのよねー」

「よくもまぁ百年も久瀬家に仕えられているものだね」

「たっちゃんの曾お祖父ちゃんはワリと良い人だったわよ」

「十代目当主か……。この辺りから久瀬家もずいぶん大人しくなったと言うしね」


「大人しくってより、まぁ多少は実際その通りなんだけど。それ以上に裏で隠れて動くのが上手くなっただけだったりするのよね」


久瀬家の生き証人。

実際にその目で見てきた夜雲だが一族の暗い過去を語っても彼女のあまりに軽い調子ではいまいち真実味がない。


「何をやっているんだろうね、この一族は」

「まったくだわ。十三代目」

「愛想を付かしたのなら、主従契約を打ち切っても良いが?」

「契約打ち切られてもたっちゃんが当主の間は久瀬家に住み付くつもりよ」

「物好きな奴だ」

「たっちゃんが好きな奴なのよ」

「嬉しくないね」

「ふふっ。それは残念」


否定する久瀬が如何にもらしくて楽しげな夜雲。





コツコツと杖で地面を叩いて。

縞模様の杭を所々に見つけて。

話に毒々しい花咲かせて。

久瀬と夜雲は裏通りを歩く。





何度目か分からない曲り角を折れたところで、この裏通り似つかわしくない集団に出くわした。


「ありゃりゃ、場所が被っちゃったか」

「兵士を総動員してるからね。こんな事もあるさ」


先の道に居たのは六人の警備兵。

一人がこちらを向いて、作業の邪魔をされないよう道を封鎖している。

作業中の四人を挟んで向かい側も同じように一人の兵が道を封鎖している。

作業をしている兵士達の手にここに来るまでに何度も見かけた縞模様の杭を見つける。

灰と黒の杭。その黒色の部分は実は文字だという事を久瀬は知っている。


久瀬と夜雲を見た警備兵は当然、静止の声をかける。

だが、まるで聞こえていないかのように気にせず突き進む二人。


「ちょっとちょっと君達! まだ作業中だから入らないでくれるかな」

「僕達の事は気にしないで結構です」


慌てて止めに来た若い警備兵を一蹴し、更に進む。

久瀬の強引でもなく遠慮がちでもなく当たり前の口調と態度に若い警備兵は一瞬、通して良いのかな? と思ったがすぐに正気に戻り久
瀬の前に回りこむ。


「気にする、気にしないじゃなくて今通られたら――――」

「ちなみに僕の名は『久瀬』です」

「――――困るん……だ………って……………え……えっえぇ!?」

「では通ります」


後退りした若い兵士を置き去りにして、二人は作業中の道へと入る。

今の会話を聞いて他の五人は久瀬に視線を向けている。

久瀬が近づくと作業中だった警備兵が一人、二人、三人と避けるように道を譲る。

否、『譲る』ではない。これは『拒絶』である。

何故ここに居るのかという嫌悪の行動。

警備兵が皆固まる中、作業中だった最後の一人。

彼だけは久瀬の前に立つ。

兵士としては少し年老いた感のある中年と年寄りの間の男。

他の大柄な兵士に比べれば多少小柄に見えるが、皺と共に刻まれた長い経験からくる重厚な貫禄が感じられた。


「こんにちは、セルジア隊長。ご苦労様です」

「これは久瀬様。何か御用ですかな?」


小隊の隊長・セルジアの脅えも媚もない声色に少しだけ嬉しさがある久瀬だが、それを表には出さない。


「いえ、ただの通りすがりです」


馬鹿にしたような台詞だ。と周りの警備兵達は思う。

この道の先に行くにはここだけではなく少し戻れば迂回する道もある。

それをわざわざ封鎖している道を突っ切って来ている。


「珍しく杖をお持ちですね」


セルジアが久瀬の右手にある杖に目をやる。

コツコツッコツコツッと地面を叩いている。


「手ぶらの方が楽なんですがね」


久瀬は答えになっていない返答をしていつもの笑みを浮かべる。

そうですか。とセルジアは納得したのかしていないのか、とにかく頷く。


「それより久瀬様。御覧の通り、只今封鎖中でしてね。いくら貴方でも許可なく入られては困るんですよ」


捌け口が出来たせいかセルジアのその言葉に少しだけ敵意が混じる。

その事に久瀬の笑みが強くなる。


「許可なら貰いましたよ。そこの彼にね」


久瀬は始めに静止してきた若い警備兵を見やる。


「僕が通る時にわざわざ道を譲ってくれましてね」

「い、いや……それは…………」

「まさか」


若い警備兵がどもっているのに被せて喋る久瀬。


「まさか、この街を守る警備兵がたった二人の通行人に逃げ腰になったわけじゃないでしょうからね」


久瀬の冷たい笑みが更に濃くなる。

それに対してセルジアは声を立てて可笑しそうに笑う。

久瀬の笑みによって後退りしそうだった周りの警備兵の足がそれによって止まる。


「まさかですよ、久瀬様。彼は道を譲っただけです。自分の判断で通す事を許可したのです。そうだな?」


セルジアは言葉の最後を若い警備兵に向けて言う。

急に話しかけられた若い警備兵は慌てて返事をする。


「えっあっ、は、はいっ。その通りです!」

「次からは私に指示を仰ぐように」

「はいっ。セルジア隊長! 申し訳ありませんでした!」


久瀬は笑ったまま上司と部下の茶番劇を観る。

茶番が終わり、上司は久瀬の方へ身体を向ける。


「申し訳ありません。確認もせず非難してしまい」

「気にしていません」


愛想笑いでも浮かべる場面で久瀬はあえて笑みを消す。


「ところで久瀬様。私達はまだ作業が残っていまして」

「あぁ失礼。邪魔をしてしまいましたね」

「そんな事はありませんが」

「それでは失礼」


この場所での用はもう済ませた。

だから、通る許可を貰えば後は特に用はなく、未練の欠片もなく久瀬と夜雲はその場を立ち去る。

残された警備兵が忌々しく睨んでいるのに興味はない。

この後どれだけ毒されてもまったく興味はない。





三つほど角を曲がったところで今まで黙っていた夜雲が久瀬に訊く。


「ただいまの感想は?」

「悪くないね」


久瀬はニヤリ、と愉しそうに笑う。


「任務遂行の為に感情を殺す。教育が行き届いているね」


生きたければ近づくな。

大切なものがあるのなら関わるな。


それが『久瀬』に対しての最善策。


それでも近づくのなら、関わるのなら、感情を殺せ。

憎悪のままに殺そうと思うな。

殺すは憎悪する心。


「教育する側レイちゃんは思いっきり感情で暴れるけど
ね」

「サルラさんも本気で攻撃はしてないさ」


いつスイッチが入るかは分からないけれど。と心の中で追加する。


二人は更に歩き進んでいき、ある一つの曲り角を折れた所で久瀬が足を止める。

二、三歩先に歩いた所で夜雲も慌てて止まり、振り返る。

そこは今まで歩いて裏通りとなんら変わらぬ風景。

人通りもなく殺風景な場所。

久瀬が杖でコツコツッコツコツッコツコツッと念入りに地面を叩く。

その場をウロウロと歩き回りながら地面を叩く。

そして作業が終わったのか壁に凭れて休む。

その横に夜雲が同じように凭れる。


そのまま数分。


唐突に久瀬がくすり、と笑った。


「あ、なんか珍しい笑い方。どうしたの?」


その笑みは冷たさなどは微塵も含まず、愉しそうな、そして少し意地悪な笑み。


「ん……いや、南の空木公園周辺の担当は誰だったかな?」

「えーっと、カケェ小隊とヒーケ小隊とニシン小隊……だったかな」

「なら……ヒーケ隊長か。くくっ。これは良い」

「髭隊長さんがどうしたの?」

「青天の霹靂を目撃したのではないかと思ってね」

「そのことわざって目撃するものだったっけ?」


夜雲が首を捻る。


「諺じゃなく、言葉通りの意味さ」

「言葉通り……?」


捻った首を今度は空に向ける。

透き通るような青。青をより引き立たせる僅かな白。

穏やかな清々しい晴天。

何処に雷があるというのだろう。


「そんなに気にする事じゃない。極めてどうでも良い馬鹿話さ」


久瀬も上空を見る。

その空に雷の代わりの黒い影を発見する。

その黒い影はだんだん二人に近づいてくる。


「あっ。ピーちゃん!」


夜雲がその影を認識した時には黒い影ではなく白と黒と茶の交じった小鳥だと分かるほど近づいていた。

その小鳥は夜雲が伸ばした手の先に一度止まり、次に彼女の肩に飛び移る。


「準備は出来たな。ピアリィ」


ピィッと久瀬に元気よく肯定の返事をする小鳥――使い魔・ピアリィ。


壁から身体を離し、杖を持つ右手に力を込める。

その杖を何度も何度も地面に叩きつける。

杖の先端についている珠が淡く輝き始める。



そして――――詠唱。



言葉に魔力を込め。

意識を大地に広げ。

印した位置を繋ぎ。


静かに。

目立たず。

阻害しないように。


新たな――――世界を紡ぐ。




















とある場所。とある一室のとある会話。


「…………秋子様」

「なんですか? レイさん」

「……現状を確認するために二、三質問してもよろしいでしょうか?」

「構いません」

「今から私達は書類の片付けを行うのですよね?」

「そうです」

「その書類は部下にやらせている街の仕掛けのものですよね?」

「そうです」

「……それに紛れてあの男の書類も随分混じっているようですが?」

「久瀬さんは作業の方が優先ですから。それよりレイさん。たまには久瀬さんを名前で呼んであげたらどうです?」


善処します。と返事をして続ける。


「確かに……それは納得しましょう。あいつがやっているのもこの雪華都の為ですしね……」


しかし! とレイは怒りを込める。


「今回の件とまったく関係のない書類まであるのはどうしてでしょうか!?」

「後回しにしていたものらしいです。今回の件で今やっておかないと間に合わないそうで」

「それはあの男の怠慢でしょう!?」


秋子はにっこり笑う。


「久瀬さんも色々と忙しいのでしょう」

「………………」

「忙しかったんですよ、きっと」


だけど、その笑みが僅かに引きつっているのがレイには分かった。

本音を言うと分かりたくなかった。

これが現実だと思い知らされるからだ。


「…………机、書類で埋まっています……」

「……そうですね」


一言で言えば書類の山。

何処からこんなに持って来たんだと言いたくなるくらいの量。

二人の背丈ほど積み上げられたその量。


戦闘面だけではなく頭脳の方もずば抜けている水瀬秋子。

久瀬から預った書類の量はその彼女の予想を遥かに超えていた。


「秋子様、明日は明日で別の仕事があるのを覚えていらっしゃいますか?」

「はい、勿論です」


相変わらず笑顔の秋子。

その笑顔に脱力しそうになるのを踏ん張るレイ。

今までなんだかんだ言ったが、本当に訊きたいのは次の質問。


「これ、今日中に終わると思いますか?」


秋子はしばらく沈黙して。

そして答えが出たようで、胸の辺りに両の手で握りこぶしをつくって力強く答え
る。


「ふぁいと、だよ」

「名雪様の真似で誤魔化さないでください」


わざわざポーズを取ってまで真似する秋子に頭痛がするようにこめかみを押さえるレイ。

何かに満足したような秋子がにこにこしながらレイに訊く。


「それで現状は確認できましたか?」

「…………不本意ながら」

「それなら時間がもったいないですし、そろそろ始めましょうか」

「……そうですね」

「大丈夫です。私達なら出来ます」

「……何とでも致しましょう」


とある場所。とある一室のある意味いつもの会話。




















緩やかに杖の珠の光が治まる。

その光と共に久瀬も張り詰めていた気を緩める。

同時に軽い目眩が襲うが何とかふらつくのは我慢できた。

この目眩は魔力がもうあまり残っていない証拠だ。

だけど、この程度は承知の上。


息をつくと邪魔が入らぬよう周りを監視していた夜雲が労う。


「お疲れさま」

「それでは次へ行こうか」

「って早いから。少しは休憩しようよ」

「行くぞ」


久瀬が無視して歩き始めても、付いて来る八雲はぶーぶー文句を言ってくる。


「私疲れたー。休憩ー」


監視していたといっても誰も近づいていないのだから、実際何もしていないのと同じで疲れなどないはずの彼女。


「ピーちゃんも休みたいよねー?」

「……ピアリィ、まだいたのか?」


もうてっきり移動してとばかり思っていたピアリィはまだ夜雲の肩に止まっていた。


「ほら、ピーちゃんも休みたいっているし。ねっ? ねっ?」


ピィーと気の抜けたピアリィの返事に久瀬は少し呆れたように溜息をつく。


「……喉が渇いたね」


久瀬のその言葉に夜雲とピアリィの喜びの声が上がる。


「はいはーいっ。夜雲さんが何か買ってまいりまーす!」


とはいえこの裏通りに何か売ってあるわけもなくピアリィを肩に乗せたまま夜雲は表通りに駆け出す。


「たっちゃんはゆっくり来ていいからねーっ」


遠くから夜雲の嬉しそうな声が久瀬の耳に入り、彼女の言うとおりゆっくりとその後を追った。





久瀬から十分離れたところで夜雲は肩から離れ、自らの翼で飛ぶピアリィに話しかける。


「ごめんね、ピーちゃん。付き合わせちゃって。こうでもしないとあの子休憩しようとしないからさ」


分かってる。というようにピアリィが鳴く。


「ホントはこれで切り上げさせたいんだけど素直に聞くはずないもんねぇ」


少しだけ苦笑する。

曲り角が見えてスピードを更に上げる。

夜雲は目前に壁が迫った所で身体を浮かせ、激突するはずだった壁に着陸しそのまま駆けて行く。


「私達の御主人様にも困ったもんよね」


ピアリィは肯定するように高く鳴いて、自らも高々と舞い上がった。





人気のなかった裏通りから戻ると表通りは騒がしいくらいに感じられる。

久瀬は夜雲を捜そうとはせず、その場の壁に凭れかかる。


「少しは捜そうと思わないかなー」


いつの間に現れたのか、両手に紙コップを持った夜雲が久瀬のすぐ横で文句を言う。


「はい、たっちゃん。当店自慢のホットミルクです」


なんてね。と夜雲は冗談めかして久瀬に片方の紙コップを渡す。


「ピアリィは?」

「んー。気を効かせて二人っきりしてくれた」


久瀬はミルクを飲む事で夜雲の発言を流す。

おいしい。と小さく呟いた。





そしてしばらくまったりと。

特に会話もなく人の流れを眺めて二人は過ごす。

久瀬は体と心をしばし休ませる。

普段は良く喋る夜雲も黙ったまま。

主をゆっくり休ませる為に。

その為の我侭だったのだから。





それまでちびちびと飲んで半分ほどの量になったミルクを久瀬は一気に飲み干す。


「うっわぁ……熱くないの?」


ビックリした様子で夜雲は呟く。


「――――夜雲」


久瀬は静かに、軽く眼を瞑って喋る。

その雰囲気に夜雲も気が張り詰める。


「……どうしたの?」

「この世界は面白い」

「え?」

「君が気を効かせてくれた途端、これだからね」


ゆっくりと開いた久瀬の眼はここではないどこかを見詰めていた。

夜雲も遅れて気付く。

街中に溢れる禍々しき気配に。


久瀬が短く――――詠唱。


久瀬と夜雲の姿が淡い光に包まれる。

同時に街中から狂気の雄叫びと恐怖の悲鳴が響き渡る。

淡い光が消えたその場には重い一言が残された。





「――――休憩は終わりだ」
















〜あとがき〜

秋子さんの『守る戦い』は第四話参照。

どうも。海月です。

さてさてなんと言いましょうか。またオリキャラ出て来ましたよ奥さん(何

てな訳で久瀬の使い魔で魔族の夜雲さん。見た目は二十歳くらいですが実年齢は不明。鳥も出てきたけどまぁ置いときます。

書いてる途中夜雲のポディションをみっしーにすれば良かったかな? と思ったけどまたこのままの方が良いやと思い直しました。

だって、クールな上司と部下でどんな風にボケろと?


どうでもいい話ですが久瀬が八咫烏と会いたくなかったのはただ単に嫌いだからです。同属嫌悪な感じで。

意味の分からん会話してるのは特に意味がなかったりする訳であんまり気にしないで下さいや。

笑ってくれれば嬉しいですけど。


秋子さんとレイの登場は単なる繋ぎと言うか、久瀬が自由に動き回っているのはこの人たちのおかげなんですよーという裏話。

というか秋子さんに『ふぁいと、だよ』を言わせたくなっただけだったりして。

レイは偉大でお茶目な上司のおかげで苦労してます(笑


まぁそんなこんなで次回は急転直下!?

『雪華都 滅びる』をお楽しみに!(嘘

海月さんから十八話を頂きました。

祐一が表だとすると立場からもそうですが久瀬は裏ですね〜

第2の主人公のような感じがしますw

それにしても次回は雪華都を巻き込む戦いに発展するみたいで楽しみです。

嘘のサブタイが本当にならないこととを祈りますw

 

感想などは作者さんの元気の源です。続きが早く読みたい人は掲示板へ!

 

第十七話  第十九話

 

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