赤い。

朱い。

紅い。

赤い空に、

朱い大地に、

紅い世界。

だけど、そこで舞踊るキミは少しも紅くなかった。


風も桜も水も全てが紅かった。

少女が纏う羽衣も世界すら紅く染まっているというのに――――キミだけは透明に輝いていた。


そう――――これだ、これなんだ。

この姿が見たかったんだ。

全てが紅く染まってしまってもキミだけは違う。

キミだけは無垢で無邪気で純粋な微笑みを浮かべ――――光り輝く。

この姿を見たかったから――――

この姿を見たかったから俺は――――受け入れたんだ。

あの『業』を。

あの『誓い』を。




















その光景をずっと観ていたいと、そう思った。

ずっとずっと観たいと渇望した光景だったから。

不思議さを忘れてしまうほどに観たい光景だったから。

でも、そんな想いは破られる。

残念さと喜びを交えて破られる。

少女は踊りをやめ、呼ぶ。


「祐一くん!」


――――少年の名を嬉しそうに。


祐一は桜の幹に預けていた身体を起こし、湖に近づく。

湖は広く深い。

その湖の上に立っているあゆ。
視線を動かすと何故かいる北川が見える。

あゆの踊りはもう終わっていたが彼の眼にはまだその残像があるのかぼんやりとあゆを見ている。
それほどまでに神秘的だったのだ、あの光景は。


あのあゆがあんな事出来るとは…………驚かせてくれるよ、まったく。


一瞬でもあゆに心を奪われたことに多少の不満が残る。

けれど、あゆは結局あゆでしかなかった。

彼女の纏う羽衣が薄くなり、そして完全に掻き消える。

と、同時にあゆが水の中に沈んだ。

しかもなんか溺れているっぽい。

さっきまでの光景とあまりにギャップが激しかったために一瞬呆然となり反応が遅れる。


「――――っのバカ!」


祐一があゆに向かって湖の上を駆ける。
一瞬遅れて北川も湖に飛び込み、泳ぐ。
勿論泳ぐより走る方が早く、祐一があゆの元に到着し彼も水の中へ潜る。
あゆの腕を掴むが彼女は溺れている人間。物凄い力で暴れてくる。
それを力ずくで抑え、抱きしめながら水面から顔を出す。


「おい、あゆっ。もう大丈夫だぞ。ほら落ち着けって」


その声に安心したのか暴れるのをやめ、大人しくなるあゆ。そして代わりにしがみつくように祐一の首の後ろに手をまわし彼女からも抱きつく。


「ありがとう。祐一くん」


とても嬉しそうな、安心しきった彼女の笑顔。

やっと到着した北川はその光景を見て声をかけるのを躊躇する。
けど、だからといってこのまま水の中で固まっているわけにはいかず、いつもの軽い調子で二人に話しかける。


「おー、月宮さん大丈夫みたいだな。相沢に感謝しねーと……って、何で相沢がここにいるんだ?」

「そりゃこっちのセリフでもあるんだけどな、北川。まぁ説明は後だ。とにかく岸に戻ろうぜ」

「あぁ。そうだな。月宮さんもちゃんと連れて来いよ」

「分かってる……よっと!」


そう言って水の上に立ち上がる祐一。勿論あゆを抱きしめたまま。


「…………どうなってんだそれ? そういや月宮さんもさっき水の上立ってたけど」

「そういえばどうやって立ってたんだろ? ボク」

「…………分からずにやってたのかよ、お前。……まぁいい。その説明も後でしてやるよ」


ゆったりと歩きながら戻る祐一と祐一にくっついてるあゆ。
北川はどうにか水の上に上がろうと頑張りながらも結局できずに泳いで岸に到着する。


「うぐぅ。びしょびしょだ〜」

「ほれ、服脱げ」

「……祐一くんのえっち」

「……相沢のムッツリ」


あゆに非難の眼で見られた。北川のニヤケ顔は無視だ。


「そのままだと風邪引くだろうが、アホ。魔術で乾かしてやるから絞って出来るだけ水分を飛ばしてよこせ」

「あ、うん。わかった。……けどあんまりこっち見ないでよ」

「……別に裸になれって言ってるわけじゃないんだが。ついでにお前みたいなお子様の身体なんて見たいとも思わん」

「……それはそれで酷いよ」

「そうだぞ、相沢。月宮さんに失礼だ」

「…………北川」

「なんだ?」

「そう言いながらあゆの方を横目でちらちら見るな。沈めるぞ」

「…………」

「…………」

「…………」


3人とも沈黙。

北川は視線をあさっての方へ向け、あゆは赤くなって俯き、祐一は獣のように北川を睨む。

無言のまま、服を脱ぐためと言うよりこの場から逃げるためにあゆが木の影へ向かう。乾くまで下着姿にさせておくわけにもいかないので祐一は羽織っているマントを渡しておいた。少し冷たいかもしれないがそこは我慢してもらおう。


「…………祐一くんお願い」

「あぁ」


戻ってきたあゆから洋服一式を預る。顔は未だに赤いまま、と言うかさっきより断然赤い。

いきなり風邪でも引いたんだろうかと馬鹿な事を考えながらあゆの服を広げ、その理由がわかった。

てゆうか噴き出しそうになった。


これは……あー……なんだ。……うん。あゆはやっぱり白だよな。


あゆの方をちらりと見る。マントはぶかぶかで彼女の身体をすっぽり覆っており、肌は一切見えない。

祐一の視線に気付いたのか、更に、これ以上は無理だと思えるくらい顔を赤くするあゆ。

彼女が今、どういう状況なのかは……まぁ察してくれ。といった感じだ。

祐一は考えるのを止め、服を乾かすことに集中する事にした。


「――――舞え。仄かなる《炎精》」


無数の小さな炎が現れ、その炎は服については掻き消え、ついては掻き消える。

それを何度も繰り返し祐一は服の乾き具合を見て、こんなもんかな。と呟きあゆに返す。
勢いよく受け取ったあゆは再度木の影に隠れ(逃げ?)服を着込む。

そして自分の服を乾かしながら目の前のいつの間に脱いだのかパンツ一丁で仁王立ちしているバカを見る。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「…………ふんどしじゃないのがマイナスポイントだな」

「む、そいつは迂闊だった……。今度からちゃんと穿くぜ!」


変な妄想とか出来ないくらい冷静になれました。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「…………よし。俺の服もこれでいいかな」

「相沢ぁ! 流してんじゃねぇ!!」


なんか目の前で露出バカが騒いでる気がする。気のせいにした方が良いよな?


「ちゃんとボケにものってやっただろ!? オレのも乾かしてくれ! いや、乾かしてください! お願いします!」

「……別にここは寒いわけでもないし北川なら平気だろ」

「いや夜は冷えるしっ。頼むって!」

「祐一くん、ありがとう。マント返すね」


戻ってきたあゆにマントを手渡される。まだ湿っているというのに胸に大事に抱えていた。

顔がまだ少し赤いのはもうノータッチだ。


「あゆも戻ってきたし、そろそろ街に戻るか」

「…………えと……北川くん……は?」


いじけている北川が気にしてもらえて嬉しかったのかあゆを縋るように見詰める。


あゆを見るな、アホが移る。


「相沢ぁ……。頼むよぉ〜……、この格好寒いんだよ〜……、寝たら死ぬんだぞ〜……」

「ボクからもお願い…………、だめ?」

「…………ったく。服かせ」


北川が眼を輝かせて服を渡す。しかもあゆと手を取り合って喜んでいる。


あゆに触るなっての。服乾かすのやめるぞ?


そんなことを言ってもしょうがないのでさっさと服を乾かして渡す。あゆのと違って所々焦げ付いてるのは眼の錯覚だ。

これで露出バカはただのバカに戻った。


「いやー、助かったぜ。相沢」

「どーいたしまして。まぁあゆを助けようとして濡れたんだ。このくらいはしてやるよ」

「…………なら、もっと早く乾かしてくれよ」

「知るか。乾かしてもらって文句いうな。むしろ感謝して崇めろ」

「へっへっへっ。ありがとうございますだ。旦那」

「…………やっぱやめろ。気持ち悪い」

「あはは。それじゃ帰ろっか。2人とも」


祐一と北川の2人の会話を聞きながら朗らかに笑うあゆ。


「でも、もうすぐ日が暮れるぞ。ここで野宿の準備した方がいいんじゃないのか?」

「あ、そうか。元々ボク達野宿の準備してたんだよね」


北川を見ながら思い出したように呟くあゆ。


…………俺が来なかったらこいつら二人で夜を明かしていたのか。


「…………来て正解だった」

「あ? なんだって?」

「なんでもねぇよ。この『囁きの森』は魔術師がいれば夜だろうと道に迷うことはない。だから別に平気だ」


視線を交わす北川とあゆ。


北川潤――――槍使い。

月宮あゆ――――魔術師。


「…………魔術師」


どちらが呟いたのだろうか。
というか、どっちも呟いた。


「まぁ魔術師とは言っても高位の魔術師じゃなけりゃ無理だけどな。あゆ、ランクはいくつだ?」

「そうなんだ……、よかった。ボクはDだよ!」


えへんと胸を張るあゆ。胸を張る内容ではないのだが。


「なら無理だな。下位じゃこの森の特色に気付く事も出来な…………」


そこまで言って言葉が止まる。

下位の魔術師?

ありえない。

いや、元々はそうだと思っていた。

けど、あの光景を見てしまった。


風と桜と水、そして――――羽衣を纏って舞踊る姿を。


あの羽衣の正体は『魔力』だ。

魔術ではなく魔力そのもの。
魔力から術によって構成させて創ったものではなく、魔力を身体の内から放出させそれを練り上げ具現化させた存在。


――――具現化。


そう、そこに驚く。

魔力の具現化。それの一歩手前に視覚化というものがある。

視覚化とは何かの形を形成しているが、ただ目に見えているだけで存在はしていない。だが具現化は実際に触れる事もでき、きちんと質量を持ったものとして存在する。
この二つの現象を行うのは高位の魔術師でも難しいと言われている。

視覚化ですらありえないのにあの羽衣の存在感は確実に具現化だった。


――――ありえない。下位の魔術師のはずがない。けれどあゆが嘘をついてるようにも見えない。


あゆに本人も気付いてない何かがあるのか、それともこの森に秘密があるのか…………。


「…………後で調べてみるか」

「なに言ってんだ? 相沢。いきなり固まったかと思えばワケわからんコト言いだして」

「気にするな。独り言が趣味なんだ」

「なるほど、そうかそうか」


…………自分で言っといてなんだが納得されるのもイヤだな。


祐一は気を取り直して説明を再開しながら歩き出す。

2人も祐一に並ぶように歩き始める。


「そもそもこの森には2つの特色があるんだがそれを知ってるか?」

「2つ? 1つなら知ってるけど…………月宮さん知ってる?」

「う〜んっと…………1つは季節がみんな一緒にあることだよね?
 けど……もう1つは知らないよ。この千重の森って他にも特色あったの?」


首を傾げる2人を見て――――いや、あゆの言葉に対して祐一は笑いをもらす。


「んだよ。自分が知ってるからって笑うこたーねぇだろ。どうせオレらは無知だよ」

「悪い悪い。けど、知らないから笑ったわけじゃなくてな。ははっ、『千重の森』ね」


あゆの発したこの森の名称。
あゆ以外の誰かがそう言っても、彼は笑いをもらさない。
言ったのが彼女だから嬉しくて笑う。

『千重の森』とは一般的な名称。

魔術師ならこの森を『囁きの森』と言う。
だけど彼女は『千重の森』と言った。何気なく。
何気なくだからこそ意味がある。

彼女には自覚が薄いのだ。自身が魔術師だと言う自覚が。
それは本来ならば注意すべき点であるが、祐一にとっては嬉しい事でしかなかった。


「説明を続けるぞ。この森にはあゆの言う通りある『力』によって季節が織り交じる特色があって、それが『千重の森』の名称の由来だ。 それなら勿論この森のもう1つの名称『囁きの森』にも由来がある。それはなんだ? はい、北川」

「オ、オレ? えー……っと、この森に入ると独り言が増えるから……とかか?」


俺に対して言ってんのか、てめぇ……。


「不正解。はい、あゆ」

「えと、えと…………あ! もしかして、誰か分からないけどどこからか声が聞こえて来るから……かな?」


『風さん』の声を思い出しながら答えるあゆ。

祐一はその心当たりのあるような言い方が気にかかったが表情には出さない。


「へぇ……、ほぼ正解だな。『声』が由来になっててな。その『声』っていうのは千重の森と同じくある『力』によって起きるもので、それはこの森のどこかにいる人間の声だったり、または気配だったりするんだ。
 その『声』は下位の魔術師は気付く……と言うよりは感じる事が出来ない。中位の魔術師は中途半端に感じることが出来るもんだから、どこから聞こえてくるの解らず、また聞こえたり聞こえなかったりして逆に有害になってしまう。そして高位の魔術師はどこから聞こえてくるのか何を言っているのか、それが全て感じることが出来る。だから高位の魔術師にとってはかなり有益な場所なんだ、この森は」


祐一の説明に補足をするならば、高位の魔術師には囁きの森の大体の地形を把握でき、自分がどこにいるかもわかる。そして、他の誰かがどこにいるかもわかる。熟練の魔術師になればなるほど、森の地形は詳しく解り、他人の位置や人数。そして知っているものの気配ならば個人の識別も出来る。


「ほっほぅ〜……、便利なもんだなぁ」

「うぐぅ……、まったく知らなかったよ」


祐一が森に行く前の香里との会話であったように魔術師と雪華都の住人ならこれくらい常識である。


「まっ、そんな訳であゆを簡単に見つける事が出来たし、帰り道もわかるってわけだ」

「なるほどな。疑問が1つ解けたぜ。……あれ? けど、まて。『千重の森』と『囁きの森』、それぞれの特色の元の『力』てなんなんだ?」


それは季節が重なり合う原因、そして魔術師に最も近き存在。


「その答えは『魔力』だ」

『魔力?』


2人の声が重なる。


「あぁ、この森には魔力が充満しているんだ。その魔力が色々作用して季節が織り交じるんだ。そして魔力だから魔術師には『声』としてそれを感じ取る事が出来るって訳だ」

「ふぅん。よく分からないけど凄いね」

「いや、解れよ。このくらい……」

「だけどよ、相沢。なんでまた魔力がそんな充満してんだ? それともそれが普通なのか?」

「普通なわけないだろ。これはこの森特有のもんだ。まぁ魔力を帯びた木や石なんかはどこにでも存在するけどな。ここはそれが数多くあって、それが理由らしいが詳しくは俺も知らん」

「知らんのか。使えん奴め」

「……俺は雪華都の住人じゃないからな。つーか、お前が知っとけよ」

「ふっ。オレがそんな専門的なコト知ってるわけないじゃないか」


何故か誇らしげに言う北川。いや、ホントになんでだよ。


「なんか知らんがムカつくな…………」

「けっけっけっ。それじゃぁ他のぎもーん、てゆーかぁしつもーん」

「『てゆうか』に微妙なアクセントをつけんな。それにちっと待て」


調子に乗りそうになってきた北川の言葉を遮って、祐一は《燈火》と掌から魔術の光を産み出す。

紅から黒に薄暗くなった森を白光に輝く光が明るく照らす。


「灯りつけたんだから逸れずにちゃんとついて来いよ、あゆ。北川はどうでも良いけど」

「うん。大丈夫だよ」

「相沢ぁ……。お前、オレに対して絶対冷たいぞ」

「あぁ、ワザとだからな」

「………………」


絶句した後に項垂れてショックを受ける北川。

祐一は肩を竦ませるだけでたいして気にしない。むしろテンションが下がってくれて何よりだ。


「それで? 質問は?」

「そうだなー。月宮さんと相沢が湖に立ってたヤツ。アレはどうゆうワケだ? 魔術なのか?」


あっさり立ち直る北川。さっきのはただのポーズか?


「魔術と言うか……あれも『魔力』だな」

「何で魔力で水の上歩けるんだ? やっぱ魔術だろ?」

「いや、魔力であってるぞ。魔術ってのは魔力を基にした構成から始まるんだが……北川に言ってもわかんねぇだろ」


授業中に爆睡してる奴だし。


「おぅ。そんな講義みたいなコト聞いたらあっという間に夢の世界だ」


キシシ、と妙な笑いをあげ、


「あーぁ、魔力かー。あんなふうにオレも水の上走ってみたかったんだけどなー。そっち系統の奴ならオレにゃムリだな」


残念そうに呟いて、腕を上げながら身体をぐんと伸ばす。


「ボクには出来るんだよね? さっき出来てたし」

「出来てた…………ねぇ。ならどうやって魔力で水の上に立ってたか説明出来るか? あゆ」

「え……?」


うぐうぐ唸りながら首を捻って考えるあゆ。

?マークが大量に見えそうだ。


「がんばれー、月宮さ−ん」

「うん。がんばるっ」

「お前も少しは考えたらどうだ?」

「オレが考えてもどーせわかんねーし、わかっても使えねーしなぁ」


また肩を竦める祐一。


「うぐぅ〜! わかんないよ〜!!」

「もう降参か?」

「ダメだよ。わかんない〜……」

「ヒントくらいやったらどうだ? 相沢」

「ヒントねぇ……。なんかやってもムダっぽい気がするな……」

「ひどいよ! 祐一くん!」

「そうだぞ、相沢。オレもムダな気がするがそれでもやるのが人情だろっ」

「…………北川くんもひどい」

「あ……」


3人で言い合いながらも楽しそうに笑う祐一。
祐一だけでなくあゆも北川も笑っている。

なんだか凄く楽しい。


「それじゃぁ、種明かしといきますか。人と会うのに疑問を残したままってのは良くないしな」


人と会う? その新しい疑問を2人が尋ねる前に祐一は説明に入る。


「あんなふうに水の上を歩くことを《膜歩》って言ってな。簡単に言えば足の裏から魔力を放出し身体を浮かべるんだ。けど、この調節が結構難しい。放出が弱けりゃ沈むし、強すぎでも上手く歩くことが出来ない。体得するにはただ練習あるのみだな。これは」

「く……っ。オレらが散々言い合ってたコトをそんな簡単に言いやがってっ」

「《ばくほ》かぁ……。水を歩くってなんか素敵だよね。ボク頑張ってみよっと」


文句と意気込みを聞き流し、あゆと北川の事に話を移す。その前に新しい疑問の事を聞かれたが、すぐに分かるとはぐらかしておいた。


訓練中に迷子になったあゆの話とバイト中にあゆに会って同じく迷子になった北川の話。

なんとも言えない呆れるような話だけをして、あの出来事は話題に出さない。
何より不思議な出来事だったのに質問をしない。


あゆが天女のように踊った、あの出来事を。


あれは簡単に口へ出してはいけない。

夢のように儚げで触れれば壊れてしまいそうだから。

疑問を思うことすらおこがましい神秘的なものだったから。

だから、それぞれの心に閉まっておこうと無意識の内にそう考えていた。





くだらない話をしながら進んでいると前方にゆらゆらと揺れる光を発見する。

そして、その光の方向から聞こえる叫び声と足音。


「あゆちゃ〜〜ん!!!」


呼ばれたあゆは驚きながらも聞き覚えのある声に喜び、彼女からも声の主に駆けよる。

祐一と前方の光が交じり合ったところであゆとセミロングの小柄な少女――舘原樹梨は抱き合いながら喜んでいた。

向こうには後3人の男がいた。明らかにほっとした表情で喜ぶ2人に話しかける長身の男――斉藤宏昌。斉藤とは逆に無表情なまま――長髪で更にわかりずらい――仲間の元にいく男――崎森功魏。


そして、魔術の光をもった最後の一人。


最初の3人のようにあゆに近づこうとせず、その場に佇んだままの彼。

彼が3人をここまで導いてきた。

真っ直ぐ迷いの無い歩みで祐一達の所へ。

それはつまり、彼も高位の魔術師であると云う証。


あゆ達が感動の再会をしている間に挨拶をしておこうかと、男に歩み寄る。

男との距離が残り五メートル程といった所まで近づくと、不意に寒気を感じた。


一歩近づくと、ぞくりと背筋に寒気が走る。

もう一歩近づくと、それは更に激しく駆け抜ける。

更に一歩近づくと、首を締められているかのような息苦しささえ感じる。


互いに手を延ばせば触れることが出来そうな距離。そこで立ち止まる。


ぞくりぞくり、と寒気を感じる。

この感覚の原因は目の前のこの男。


もう一歩近づけば蹂躙されてしまうような圧倒的な――――殺気。


そんなモノを容赦なく突き刺してくる。

殺気だけで人が殺せるならば、祐一はもう死んでいるだろう。

それ程までに強力、圧巻、高圧的な殺気。


……はて。俺はこの男に恨まれるような事したっけな?


祐一はそんなことを考えながらも違うという事が解っていた。

祐一とこの男は間違いなく初対面。
恨まれる憶えも道理もない。

だけど、それでも恨まれることはある。


つまりは、逆恨みってヤツですか。

こんな場所で、しかもこんな場面でそんな奴と会うとはなぁ……。


なんて考えながらも勿論その答えも違うと解っていた。

目の前の男にはその手の種類の感情が一切混じっていなかった。

鋭利な刃物のように冷たく鋭い。何の感情も無く機械のようにただ殺そうとしている。


そんな――――雰囲気。


そんな男と対峙しながら祐一は、特に何もしない。

殺気を返すこともこの場から逃げ出すこともせず、余裕に構えていた。

ばれない様に視線だけで男の眼を覗いてみる。

銀縁の眼鏡の奥にある氷のように冷たい双眸。

何の感情も感じさせない眼だ。そんなことを思っていると男が口を開く。


「初めまして。相沢祐一君」


殺気や眼と同じように冷え切った冷静な声。

否、冷静と言うより冷酷と言った方が正しい。


「初めまして。久瀬生徒会長さん」


祐一は目の前の彼とは対象的に明るく、和やかな笑みを浮かべて答える。


それを見て久瀬は一瞬だけ間を開け、笑った。

やはりと言うべきか、冷笑だった。













魔術・技解説

『燈火』……………半径10メートルほどを照らす事の出来る火の下位魔術。
            火の魔術だが温度は低い。街灯などでよく遣われている。

『膜歩』……………魔術ではないが魔術師など(魔力を持っている者)が使う移動法。レベルとしては中位の魔術師辺りから使える。
            水の上を移動出来るが集中を切らしたり、魔力の調整を失敗するとすぐに沈む。





〜あとがき〜

登場するとは言ったけど出番は最後だけ! 久瀬生徒会長!!

どうも。海月です。

説明だらけですね、今回。あいだあいだに祐一と北川の会話を挟んでみて楽に読めたらなぁ、と思ってます。

そして、早くも久瀬。うーん、久瀬かぁ……。

北川→斉藤→久瀬。と男キャラ三連発(笑
女性キャラ置いてきぼりだよ(汗

久瀬さんは良い人か悪い人か、両極端に分類されるキャラ。この『時をこえる想い』ではどうなんでしょう?

……っていきなし殺気ぶつける人が良い人なワケないか。

次回、祐一と久瀬の血みどろの決戦(嘘)をお楽しみにして下さい。



海月さんから第十一話を頂きました。

祐一、北川、あゆというあまり見ない三人組の話で新鮮な感じがします。

そして、あゆが実はかなりの才能を秘めているっぽいですね。

自分では理解してないのがあゆっぽくてイイ。

最後に久瀬登場〜

何かヤな人っぽいですが実際はどうなるのかな?

血みどろの決戦が楽しみです(笑)

 

感想などは作者さんの元気の源です掲示板へ!

 

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