普通の人間はこの感覚をおかしいと言うだろう。
この感情を信じられないと思うだろう。
この感性をずれていると認識するだろう。
何故なら祐一は、殺気を突き付けられながら――――『好感』を持っているのだから。
旅をしていると色んな人間――人間に限らず多種多様な存在と――出会う。
その一つに、敵対しているわけでも言葉を交わしたわけでもなく、『ただ其処に存在した』と云う理由で襲いかかってきた奴がいた。
それに比べれば殺気を向けられる程度何でもない――――なんて訳ではない。
祐一には解っているのだ、この殺気は『茶番』だと云う事が。
この場所が他でもない『囁きの森』であるから。
久瀬が、樹梨が、斉藤が、崎森が交わした『言葉』。
祐一はそれを感じ取っていた。
だから、解る。
経緯は知らないが、彼らがあゆを心配し捜し求めている事を。
決して危害を加えようと思っていない事を。
だったらこの殺気は何なのか、祐一はこう結論付ける。
『警戒心』
初見故に警戒。危害を与えるつもりも無く、与えられないと思いながらも牽制。自らが優位であろうとする。
『敵』を常に想定した思考。
この思考に、おそらくばれると解っていながらも実行する姿勢に、祐一は好感を持ってしまった。
だから、祐一は敬意を込めて笑った。
そんな正答の思考を久瀬は祐一の笑みを見て、理解してしまった。
だから、久瀬は自嘲を込めて笑った。
「失礼しました。少々他人は警戒する性格でして」
「初対面ですし当然だと思います。少しやりすぎな気もしますけど」
「よく言われます。僕はそうは思いませんがね」
そうですか。と祐一は苦笑を浮かべる。
久瀬は何も言わず、会話の前に消した殺気と同様に冷笑を引っ込める。
「おぅ、久瀬の旦那。相変わらず物騒なヤツだな」
「やぁ、北川君。彼はずいぶん大人のようだ。昔、殺気に苛立って喧嘩を吹っかけてきた誰かさんと違ってね」
「…………誰だろうなー。その命知らずは」
「ちなみに返り討ちにされてましたね。その誰かさんは」
「………………」
「おや。沈黙などしてどうしたんですか? 誰かさん」
過去の愚かしさを思い出させられて沈痛な表情の北川とそれを見て嫌らしく笑う久瀬。
短い会話の中に二人の力関係が見て取れた。
「何故か落ち込んでいる北川君は放って置くとして、自己紹介をしておきましょうか。僕は神兎学園の三年で久瀬鷹空です。生徒会長を務めています」
「俺は相沢祐一。今日神兎学園に転入した二年っす。よろしく、久瀬先輩」
「…………オ、オレも同じく二年。北川潤だー……」
「お前はしなくてもいいだろ」
落ち込みながらもボケようとする姿は感心するが。
「こんなところで長話をするわけにもいきませんし、彼らを連れて街へ戻るといたしましょう」
祐一と北川の返事も聞かず、久瀬はさっさとあゆ達のチームへと足を進める。
「皆さん。月宮君も見つかった事ですし、帰りましょうか」
「はいっ。ありがとうございました! 久瀬先輩!」
元気に返事を返すのは嬉しさのため涙を浮かべている樹梨。
その涙をハンカチで拭ってやっているあゆはちょっと困りながらも笑顔を浮かべ。
斉藤は中々に有名な先輩を目の前にしているからか、少し緊張気味になっており。
崎森も緊張しているのかいつも以上に無口・無表情に徹している。
そんなチームを見て久瀬が笑みを浮かべる。
祐一へ向けた冷笑ではなく、北川に向けた嫌らしい笑みでもなく、ほんの僅かだが確かな暖かさを含めた優しい笑み。
けれどそれはすぐに引っ込めていつもの冷ややかな表情に戻し、皆を先導し歩き出す。
暫らく歩いたところであゆがおずおずと久瀬に話しかける。
「すいません……、ボクのせいで迷惑かけてしまって……」
「構いませんよ、月宮君。これも僕の仕事の内ですから」
「でも、それなら仕事を増やしちゃったわけですし……」
「君はずいぶん謙虚なんですね。いや、素直と言うべきでしょうか」
久瀬は、ふっと笑って、
「安心してください。月宮君には明日みっちり処罰を受けてもらいますから。前回の件があったばかりですから楽しみにしていいですよ」
「うぐぅ……。あの時より凄いんですか…………?」
彼は再度――今度はニヤリと嫌らしく――笑い、答えない。
あゆの脳裏に焼き付いていると言っても過言ではない『闘技場土埋め事件』。
あの事件は数多くの処罰があった。反省文。奉仕活動。教師達の小言。魔術禁止令。謎の廃棄物の処理。etc…………。
それらを思い出してちょっと泣きたくなったあゆ。そして明日またそれらがあると思うと本気で泣きたくなった。
「久瀬せんぱーい。あんまりあゆを苛めないでくださいな」
祐一が最後尾から咎めるような声を出す。
現在彼らは久瀬を先頭に歩き、崎森・斉藤・樹梨・あゆ(今は久瀬の横だが)が中心で、祐一・北川が最後尾という並びをしている。
魔物と遭遇しないルートを取っているが万が一魔物が現れても大丈夫の陣形にしている。近接戦闘要員の北川が最後尾にいるのが疑問だが。
ちなみにこの陣形を決める時に祐一はあゆのチームメイトと自己紹介をしておいた。
「苛めとは心外ですね。僕は当然の事を告げただけなんですが――――」
久瀬はそこで言葉を一旦止め、少しだけ思案した後、また続ける。
「そうですね。確かに月宮君だけ処罰するのは心苦しいですし、今回はチームの連帯責任として崎森君たちにも責任を取ってもらいましょうか」
「えっ!? どういうことでしょーか?」
樹利が驚きながらも、いち早く反応する。
「つまりですね、舘原君。月宮君だけ処罰するのではなく、崎森君、斉藤君、そして君にも罰を負ってもらおうという考えです」
「マジですか…………?」
「はい。月宮君が一人で罰を受けると言うのなら話は別ですが」
「あゆちゃん。がんばって!」
「お前が出した問題だ、お前一人で責任を取れ。月宮」
久瀬が言い終わると同時に樹梨と崎森が責任逃れをした。
そんな二人を見て最後のチームメイト・斉藤はひきつった表情になる。
「お、お前ら……もうちょっと仲間をいたわれよ……」
「なに言ってるの! 斉藤君はあのとんでもない罰を受けたいわけ!?」
「うっ! そ、それは…………」
「いっ、いいよ! 崎森くんの言った通りボクのせいなんだから! ボク一人で責任を取ります」
最後は久瀬に向かってあゆが慌てて言う。
「そうですか。明日後悔しても知りませんよ」
「うぐぅ……。が、がんばります…………」
すでにちょっと後悔しそうだったけどムリヤリ気合を入れるあゆ。
そんな生贄決定の光景を最後尾で眺める祐一と北川。
「ずいぶん冷たいチームだなー。『助け合いの心』と言う言葉を知らんのかね、こいつら」
「んー…………」
「どうした? 久瀬先輩にへこまされた事まだ引きずってんのか?」
「や、それはいつものコトだからいいんだが……」
いつもやられているらしい。
「オレが月宮さんを更に迷わせたから少し責任あるかなー、とか思ったりしてたり」
「へぇ、意外と責任感あるんだな」
「意外とは失礼な。これでも誠実をモットーに生きてるんだ」
「嘘つけ。それにホントならホントで似合わん」
「はっはっはっ」
「何に笑ってるんだよ。お前は」
更に続く笑い声を切り裂くような冷たい声が前方から届いた。
「相沢君。北川君」
「なんですか? 久瀬先輩」
「いえ、責任を感じていると言う話でしたので君たちにも罰を与えてあげようかと思ったんですが」
「旦那が考える罰以外だったら甘んじて受けても良いが……」
「ちょっと待て北川。お前はともかく俺は処罰される理由がないだろ」
「もののついでです」
「ついでで罰せられてたまるか!」
思わず敬語を忘れて突っ込んだ。
「君が言ったんでしょう。『助け合いの心』と」
「それは協力し合うべきチームメイトに向かって言った言葉です」
「成る程。友人関係では『助け合いの心』等、微塵も必要のない塵屑以下の価値しかないと。相沢君はそう言いたいんですね」
「待て待てまてーーぃ! 誰がそこまで言った! そんな事言いたくないし、思ってもいないわ!」
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
「わかりました。元々冗談ですし」
「お願いですから真顔で言わないでください……」
「それで北川君はどうします? 罰を受けますか?」
祐一の懇願はあっさり無視された。
「いいぜ。ただしマジで旦那が考えた罰以外――――」
「あ、あの!」
北川の台詞を遮るようにあゆが声を張り上げた。
「どうしました。月宮君」
「え、と……。ゆ、祐一くんも北川くんも全然悪くないんで……処罰はボク一人で受けます」
「北川君は自ら受けると言ったんですがね」
「そうですけど……。あの、北川くん……」
「気にしなくてもいいよー。オレも一緒に迷子になったのはホントだろ?」
「そうだけど……。最初に迷子になったのはボクだし、北川くんがいてホッとしたって言うか心細くなくなって……、更に森の奥に入っちゃたけど……じゃなくて、ボクの方が迷惑もかけたし……、えと……だから……。と、とにかく北川くんは悪くないんだよ!」
言葉が纏まらない内に無理やり完結させるあゆ。
「いや、けど…………」
「北川くんは悪くないんだよ!」
「えーと…………」
どうすりゃいいんだ。みたいな表情をしているので祐一が助け舟を出した。
「北川。あゆの気持ちを尊重してやれ」
「あー……。うん、わかった。月宮さん。処罰は謹んで辞退させてもらいます」
「よかったぁ」
あゆは心底安心した表情になる。自分のせいでこれ以上周りに迷惑をかけるのがよほど嫌だったらしい。
「あの、これでいいですか? 久瀬先輩」
「まぁいいでしょう。これで崎森君・斉藤君・舘原君のチームメイト三名及び相沢君・北川君の受けるべき処罰を月宮君一人に押し付ける事に決定しました」
なんだか良心にグサグサと突き刺さる言い回しをしてくれる久瀬生徒会長様。
「なぁ……北川。あの人けっこうヤな奴だな」
「当たり前だろ。初対面で人を殺せそうな殺気を飛ばす奴が良い奴なワケがねぇ」
「あー……、そっか」
久瀬に聞こえないようにボソボソと小声で話す二人。
「久瀬の旦那はなぁ……性格悪いくせに頭は良くて、口は達者だから言い返せねぇし、戦闘能力もやたら高いから実力行使も出来んッつーイヤミ度100%培養の男なんだ」
「実感こもってんなぁ……」
「こもりまくりだ。その上、家柄も貴族かなんかで金も持ってるぞ」
「まさに何でもありって感じだな」
「まったくだ。憂さ晴らしにあのキザったらしいメガネを叩き割りたくなる」
「やればいいじゃないか。そうすりゃ眼が見えなくなって実力行使は出来るんじゃないのか?」
「それがあのメガネは実は伊達だと言うもっぱらの噂だ」
「えらくどうでもいい噂だな」
「しかも本当らしいぞ」
「へー」
本当にどうでもいい。
そのまま北川は久瀬への愚痴へと入っていった。
それを適当に聞き流しながら、祐一は重大な事を思い出した。
思い出して目的の人物を捜す。
目の前にいるのだから捜す必要などないのだが。
祐一はにんまりと笑って目的の彼女を手招きをする。
彼女はちょっと小首を傾げながら祐一のすぐ横に並んで歩く。
祐一がこの森に来た目的。
あゆに会いにきた理由。
それは。
彼女の驚き。
彼女の消沈。
彼女の文句。
喜びを根源にした様々な感情を百面相のように出してくれるだろう彼女。
ただ自分が転入しただけでそれだけの反応をしてくれる彼女を見る為に、からかう為に、楽しむ為に来たのだ。
「なぁ、あゆ。ちょ〜っといい事を教えてやるよ」
「なに? 祐一くん」
「今日、俺な――――」
「うん」
じらす為に少しだけ間をおいて。
彼女に。
「――――神兎学園に転入してきたんだ」
言った。
さぁ、まず始めはどんな反応をするだろうか。
絶句するだろうか。いや、彼女なら狼狽するだろうか。絶叫するというのも捨てがたい。
心の中でニヤニヤと笑って、表面上は平静を保って反応を待つ。
けど。
彼女から返って来たのは。
まったくの予想外な。
平然とした態度と言葉。
「知ってるよ」
何を今さら。とでも言わんばかりのあゆの口調。
その言葉に祐一は反応できなかった。
その言葉の意味を少しの間、理解出来なかった。
理解したらしたで意味もなく手を胸の前にやり、意味不明の動きをさせたりして。
「えっ、えぇ? 何で知ってんだ!?」
「さっき、久瀬先輩が教えてくれたんだ」
「久瀬……先輩が…………?」
「祐一くんも早く教えてくれればよかったのに。人が悪いなぁもう」
「久瀬…………せんぱいが…………」
そういえばあいつには自己紹介の時教えた気がする……。
樹梨達への自己紹介の時にはあゆがそばにいたからこの事を省いたので知ってるのは北川以外にはあいつしかいない……。
あいつが……あいつが…………。
俺の計画を台無しに……楽しみを台無しにぃ…………!
マグマのように怒りがふつふつと込み上がって来た。
「? どうしたの? なんか……怒ってる?」
「あ、いや。なんでもないっ。なんでもないぞ。怒ってなんかいないぞ?」
そうだ。落ち着け俺。
別にあいつも悪気があって言ったわけじゃないだろうし…………。
久瀬を覗ってみると視線に気付いたのか彼もこちらを振り返った。
彼は祐一と視線が合うと、ニヤッと悪意たっぷりの笑みを浮かべてくれる。
わ……わざとだ! あいつっぜってぇーわざとだ!!
俺があゆを驚かせようとわかってて言いやがった!
悪気ありまくりじゃねぇか!!
そーかそーか。そっちがその気なら俺にも考えがあるぞ。
「ど……どうしたの? やっぱり怒ってるじゃ……?」
「くくくくく。怒ってなんかいないさ。あぁいないとも。俺はいたって冷静さ」
「祐一くん……。なんか……色々怖い…………」
「『色々怖い』なんて妙な事を言うなぁ、あゆは。けど、それについて話すのは後回しだ。まずはあいつを……久瀬をとっちめてやらないとな」
「くっ……くぜっ!?」
「あいつは久瀬だろう? 俺はなにか間違ってるか?」
「先輩が抜け…………」
「おーい。久瀬ー。ちょっと休憩挟んで俺と話そうぜ」
少しだけですよ。と先頭の彼は了承をした。
各々地面に座ったり樹に凭れ掛かってる場所から少し離れ、祐一と久瀬は静かに向かい合っている。
実はまだなにも考えてない祐一だったがそれでも目の前の憎き男に何かしてやろうと決意していた。
そして祐一が静かに口を開いてにやりと笑う。
同じく久瀬も静かに口を開いてにやりと笑う。
楽しく冷たい口論が始まった。
一行がようやく森の中から出た頃には日はとっくに暮れ、空の主役は太陽から月へと変わっていた。
「よーやく森の外に出たな。あーぁ、久瀬のせいで俺の楽しみがパァだよ。まったく」
そう言いながら祐一はあゆの頭を乱暴に掻きまわす。
憂さ晴らしに鬱憤晴らし。
「その件についてはもう話がすんだでしょう……。後、先ほどの会話では言いそびれましたが先輩が抜けてますよ」
「うるせぇ。俺は敵に先輩をつけるほどお人好しじゃないんだよ」
「…………あれで僕は相沢君の敵になったんですか。怖ろしい話です」
祐一は最早、久瀬に対して敬語を使う気がない。
「祐一くん、早く手をどけてよ〜」
「ん? 悪い悪い」
「そう言って何でもっと力入れるの!?」
「あっはは! あゆちゃん、楽しそうだね」
「ジュリちゃん。変なこといってないで助けて〜」
「おい、相沢! 月宮が嫌がってるだろ! 早くどけろ!」
「うるさいぞ、斉藤。お前はオレが撫でてやるから落ち着け」
「誰が撫でてもらいたいって言った!? しかも北川なんかに!」
なんとも騒がしい集団である。
静かなのは崎森くらいであった。というか彼はまったくと言っていいほど言葉を発していない。
「しかし寒いな……。森の中は暖かかったからいいけど、この雪の中を街まで歩くのはちょっと辛いぞ」
ようやくあゆの頭から手を離した祐一が辺りを見渡す。
少し離れた場所から先の一面には雪が積もっている。
今いる場所は囁きの森の気候が多少もれているので雪は積もっていないがそれでも少し肌寒さを感じる。
今から帰るくらいなら森の中で一晩野宿して明日帰ったほうがいいかもしれない、と思い始めた。
「仕方ありませんね……。今回は特例で≪転移≫の魔術で帰るといたしましょう」
「転移? 久瀬っお前、転移の魔術遣えんの!?」
軽く頷く久瀬に祐一は驚く。
「はぁ〜、すげぇな。≪転移≫の魔術遣えるのなんて召還師以外じゃ一握りの魔術師くらいだってのに……」
「なに言ってんだ? 相沢」
北川がキョトンとした声を出す。
「なにって北川。お前≪転移≫の珍しさすら知らないのか?」
「いや、そっちじゃなくて。『召還師』の方だ」
「召還師がどうしたんだよ?」
「旦那。その召還師」
「は……? マジでっ!?」
「はい。僕は召還師ですよ」
またも祐一が驚愕する。
そして物珍しそうに久瀬をジロジロと眺めたり、時折唸ったりした。
『召還師』とは何なのか説明をしておこう。
枠として当て嵌めれば召還師も魔術師の中に入っており、ある一点を除いてはこの二つには大した違いはない。
しかし、そのある一点によって二つは別物とされ、間に大きな溝をつくり、召還師を異色の者として扱う。
そのある一点とは何か?
それは。
魔物との≪契約≫
召還師とは魔物と契約し、自由に使役・呼び出すことが出来る存在である。
人間の敵である魔物を自在に召還する存在。
人間でありながら魔物と力を合わせ、戦う存在。
人間の心を魔物に売り渡したと思われている存在。
そんな召還師に向かって畏怖と侮蔑を込めて誰かが言った。
『背徳者』
――――と。
そして召還師が呼び出した魔物が暴走し、人間を襲ったと云う事態が有り、その言葉を決定付けた。
その後、迂曲折あった末に召還師が『人間の敵』となる事は避けられた。
人間に敵対する魔物ばかりではないと云う事実があり、それを多くの者が知っているにも関わらず、やはり召還師に好意を持つ者は少なく、むしろ排他的にする者が多い。
だから、召還師という事を自ら名乗るものは少ない。
これが祐一が驚いた理由。
召還師だと云う事を簡単にばらす北川。そしてばらされても気にする様子がまるでない久瀬。それは十分驚愕されてもおかしくない事で、普通ならありえない事だった。
祐一が驚いたもう一つ存在――――≪転移≫について。
今、自分がいる場所からまったく別の場所へと一瞬で移動する特殊魔術――――これが≪転移≫
言葉にすればこの程度のものだがその内容はかなり複雑で高度な構成になっている。
自分がいる場所や移動する先の正確な座標軸の計算など様々な説明するのすら面倒な技術が必要なのだが、そんなものよりこの魔術に大事なのはただ一つ。
『才能』が必要とされている。
努力などはまったくの無駄で、これはただ純粋に『出来る』か『出来ない』かの人間しかいない。
そして『出来る』人間は一握りの更に一握りの人間しかいない。
その二重の一握りの存在に『召還師』も含まれる。
ここでまた少し『召還師』について説明しよう。
『召還師』には必ず≪転移≫の魔術が必要とされている。
先程の召還師の説明の中に有った『呼び出す』と『召還』。
この二つがすなわち≪転移≫の事を示す。
だけど転移が遣えるからといって召還師になれるわけではない。
召還師になるための才能は二つ。
≪転移≫の才能と魔物と≪契約≫出来る才能。
この二つが揃って初めて『召還師』になれる。
だけど『召還師』になるという事は『背徳者』になるという事でもある。
だからほとんどの召還師は契約の才能を隠し、転移が出来る魔術師として生きる事が多い。
『召還師』と≪転移≫についてを久瀬の作業を眺めながら祐一は思い出していた。
久瀬のやっている作業は≪転移≫に必要な魔法陣を特殊な砂を使って描くというもの。
砂なしでも出来るそうなのだが使った方が楽なのだと。
ちなみに≪転移≫が出来るのなら森の中からすれば良かったのでは? という疑問が挙がったが森の中では充満している魔力に弊害されてやりずらいらしい。
例えそれが嘘でも『出来ない』人間の祐一達にはその説明にただ納得するしかない。
「完成しました。皆さん魔法陣の中に入ってください。誤って魔法陣を消さないでくださいね」
魔法陣の中心から久瀬が呼びかけてくる。
その指示に崎森・斉藤・樹梨・あゆの四人は恐る恐る従う。
彼らの不安と期待の混じった表情を見れば≪転移≫をするのが初めてというのが簡単に分かる。
一方北川は以前に経験があるのか落ち着いている。
落ち着いてるというより彼の表情を見ると、楽に帰れてラッキーとか思っているのかもしれない。
祐一はというと後者で心情も北川と似たようなものだが、それでもこの特殊魔術を経験するのは久しぶりで魔法陣を物珍しそうに眺めている。
久瀬が全員魔法陣の中に入った事を確認し、静かに呪文を唱え始める。
詠唱が進むにつれ、魔法陣を描くために使った砂が淡く光りを発する。
光は淡いまま、輝くと言えるほど強くは決してならず。
そんな微小な光なのに何故か眼を瞑ってしまう。
そして、軽い目眩の様な感覚。
刹那のような永遠のような時間の流れを感じ、その目眩が治まる。
眼をゆっくり開けるとそこはもうまったく別の場所。
目の前にあった広大な森が消え、今、目の前にあるのは巨大な建物。
祐一は一瞬ここが何処か分からなかったがすぐに思い当たった。
「神兎……学園」
「はい、その通りです。ここからが一番帰りやすいでしょう」
そう久瀬が言ったがほとんどの者が聞いてなかった。
あゆ達のチームは初めての転移に喚声をあげて大騒ぎしている。
囁きの森とは違ってこの街中では近所迷惑なボリュームである。
「おっしゃー、そんじゃー帰るか!」
北川が音頭をとって各々が動き始める。
それでも皆、わいわいと騒ぎながら。
祐一もその輪に入ろうとしたが久瀬の他の者に聞こえないような小さな声に呼び止められた。
「どうした? 久瀬」
「君に話しておきたい事があります」
「ん?」
「月宮君の事についてです」
久瀬の口調は相変わらず静かで冷静で冷酷にも聞こえて、これが彼の常時なのだろうがそれでも今までよりも深く真剣さがあった。
それを感じとった祐一は別れ道でいつも通りの何気ない調子を装いながら皆と別れ、久瀬もそれに続いた。
二人きりになって少し歩いたところで、必要ないと分かっていながらも周りに誰かいないか感覚を鋭敏にし確かめる。
当然ながら二人を尾行する者や会話を盗み聞こうとしている者はいない。
そのまま歩き、会話を再開する。
「おぃ久瀬。あゆがどうした? なんかあったのか?」
「落ち着いてください、相沢君。そう焦らなくてもいいでしょう」
「いいから早く教えろ」
祐一は久瀬の指摘を十分自覚しながらもそれを抑えようとしない。
「まずは僕が月宮君を捜していた理由から話しましょうか」
対する久瀬はあくまで淡々とした口調を崩さない。
「囁きの森で課外授業がある時は必ず高位の魔術師が付き添って森の入り口に待機しているんですよ。ほとんどの場合は教師ですが今日のように生徒が出張ることもあります。
何故魔術師が付き添うのかはお分かりですよね?」
「今回のあゆみたいに迷った奴が出た時すぐに探し出せるように、だろ」
「その通りです。それで僕は崎森君達にこう言われたんです。『訓練の帰路中に月宮あゆが消えた』とね」
「あゆが…………消えた?」
ちょっと待て。それはおかしいだろ。
あゆが迷子になったのは、チームメイトの三人が消えたから、だろ?
何を勘違いを――――いや、待てよ。
もしかして、勘違いしているのはあゆの方か?
自分自身に何かあったのにそれに気付かず、周りに何かあったと思ったのかもしれない。
あゆならありえるし、おそらくそれが正答だ。
その証拠に迷ったあゆに対し、樹梨達は森の外に出れている。
「あゆが――――消えた」
もう一度先程と同じ台詞を呟く。今度は確信を持って。
けど、この結論は気に食わない。
「……根本的な質問だが、本当にあゆは消えたのか? ただ他の奴らから逸れたとかではないのか?」
「それはありえませんね。確かに森の中で見晴らしがいいとは言えませんが一緒に行動していた者が一瞬眼を離した隙に消えてなくなるなんて、ましてや三人もいて誰も気付かないなどとは明らかにおかしいでしょう。
特に崎森君はBランク、そのくらいの事がわからないはずがありません」
「……そう、か」
「相沢君。自分で思ってもいない事を口に出すのは止めたほうがいいですよ」
「………………」
思っていないからこそ口に出したい事だってあるんだ。
「ま、それは今はどうでもいい事でしょうか。さて問題はこれからです。何故こんな事が起きたのでしょう。相沢君。君はどう思いますか?」
「そう……だな。囁きの森の何らかの特殊な力が働いた…………」
久瀬がじとりと睨んでくる。本当に思っている事を言え、とで言いたいのだろう。
「……か、もしくは誰かが故意的にあゆを転移させた……か、だな」
「そんなところでしょうね。もっもと後者の場合は転移でなくても色々方法はありますが」
「まぁな」
≪転移≫を挙げたのは今し方、その魔術を受けたからにすぎない。
「そしてこの後者が問題です。一体誰が。何の為に。何故彼女を狙ったのか。それとも誰でも良かったのか」
「全部不明だな。けどあゆがあっさり見付かったところをみると前者の可能性が高いだろ?」
「果たして……そうでしょうかね」
往生際悪くそんな事を言う祐一だったが、それに対しては久瀬は何も言わず、ただ、何かを知っているような口ぶりでそう呟いた。
しかし、それ以上何も言わない彼はやはり何も知らないのかもしれない。
「とにかくこれが僕の話しておきたかった事です」
「そうか……」
この件について話すには情報が少なすぎてこれ以上は進まないと判断し、思考するのを止める。
「……久瀬。何で俺に話そうと思ったんだ?」
「君は月宮君と親しいのでしょう? なら知っておいた方がいい」
それに、と彼は続ける。
「相沢君ならこの話をすると自ら調べだすだろうと思いましてね」
冷笑を浮かべながらそんな事を言い放ってくれる。
その言葉は図星をさしていた。
確かに調べようと思っている。
けど、心を見透かされるのは祐一でなくてもあまり面白くないだろう。
だからちょっと捻くれた言い方をすることにした。
「暇だったら調べてみるさ。久瀬は調べないのか? 生徒を守る生徒会長様だろうが、お前」
「生徒会長の職務にそんな項目はありませんよ。それにその生徒会長のおかげで僕は結構忙しいんです」
「はっ。そんなこと言ってると見放されるぞ。久瀬会長」
「僕は『召還師』ですし、とっくに見放されてるかもしれませんね」
「それ、考えてみると凄いよな。よく生徒会長になれたもんだ。それとも生徒会長選挙の時はまだばれてなかったのか?」
「いえ。皆知ってましたよ。久瀬家が『召還師』の家系なのは有名ですし」
「ふーん、そうなのか。まぁどうでも良いか。それじゃ、俺帰るわ」
「えぇ、それでは」
簡単な挨拶で久瀬と別れて一人になる。
街をゆっくり歩いて、街灯りを浴びる。
周りを見渡してみると知っているはずの街中が違う場所のように感じられる。
夜の街は昼とはまた違う顔があって、七年前まで来ていたあの頃はこっちの顔を知らず、今が初対面みたいなものだから。
「あー、なんか今は暇な気分なんだよなー」
言い訳みたいな独り言を呟いて、そんな自分が滑稽で苦笑がもれる。
さっそく調べるつもりなのが笑いを誘ってしょうがない。
と。
そこに、甲高い耳鳴りのような音が突然響く。
音の発信源は祐一の胸元、紅玉の魔石からだった。
歩みを止め、握り締めるように魔石を掴む。
小さな音だったためにそれだけで音が遮られる。
しばらく待ち、手を広げてみるともう音は鳴り止んでいた。
「やる事が増えちまったなー……」
魔石を少し眺めた後にまた、何事もなかったように歩き出す。
もう笑みは消して、歩みを少し早める。
祐一の一日が終わるのはもう少し後。
水瀬家の玄関前。
一日が終わるとして、どこで終わるという話だ。
それで雪華都での相沢祐一の一日の終わりはここになる。
それはいい。帰る場所があるってのはいい事だ。
けど、今はそれが問題になっている。
さて、覚えているだろうか。
祐一は雪華都に来てまだ二日目。
つまり水瀬家に居候二日目と云う事である。
そんな人間が連絡も無しに夜更けまで帰らない。
つまり……。
「は……、入りずれぇ…………」
祐一は玄関前で立ち往生していた。
ど、どうする……。つい今までの感覚で自由に動き回って連絡すんの忘れてた……。
秋子さん怒ってるかな……? 秋子さんが怒ってる姿なんて想像も出来ないけど。
名雪は……、まぁ寝てそうだな。てゆうか寝てるな、うん。
どうなってるか想像出来ない秋子と想像出来すぎてしまう名雪を思いながら祐一は苦悩する。
あー……、どうしよう。うぅ〜。こ、これも全て久瀬のせいだ!
とりあえず人の性にしてみた。
「………………」
意味はなかった。
えぇい! 当たって砕けろだ! 行け! 行くんだ! 相沢祐一!!
「ただいまぁ〜……」
心の中の勢いとは裏腹に心底小さな声で恐る恐る家の中へと入る祐一。
「おかえりなさい。遅かったですね。祐一さん」
ビクッ!!!
「あ、あはは。遅くなりました〜……」
いつもと変わらぬ笑みを浮かべ、何故か玄関に居る秋子に迎えられて祐一は更に小さな声になっていく。
「ずいぶん遅かったんですね」
秋子はにっこりと。
「そのぉ〜……何と言うか……あゆ達と…………」
「あゆちゃん迷子になったそうですね。けれどずいぶん前に帰られたそうですよ」
にっこりと。
「あー……えー…………」
にっこり。
怖い!
いつもの笑顔なのにメチャクチャ怖い!!
心の中はすでに半泣きな祐一。
「早く上がってください。外は寒かったでしょう。すぐにコーヒーを入れますから」
そう言ってキッチンへ向かう秋子。
祐一は強張っていた身体を一気に脱力させ、息をつく。
た……助かった?
のろのろとキッチンに向かう祐一は部屋に入って再度ビクッと驚く。
ソファーに青い物体が広がっていた。
よく観察してみるとどうやら名雪のようだ。しっかりと熟睡してるが、何故こんなところに? と首を傾げる。
「名雪……、祐一さんの帰りをずっと待っていたんですよ。風邪を引くからと言っても頑として動かないんです」
「そう……なんですか」
秋子さんが機嫌悪いのはこれも影響してるな……、結局は俺のせいだけど…………。
「コーヒーをどうぞ」
「ありがとうございます。それと……すいませんでした」
「いえ。祐一さんなら平気だとは思ってますから。けど……やはり連絡が無いというのは少し心配になってしまいます。これからは連絡をお願いしますね?」
「……はい。わかりました」
コーヒーを一口すすり、カップをテーブルの上に置く。
しばらくぼんやりと、正面のソファーに寝る名雪を眺めた。
少し胸がむず痒い感覚がある。
その感覚の理由をしっかり味わって、席を立つ。
「名雪を……部屋に連れていきますね」
「お願いします」
名雪を抱え、部屋を出るところで秋子がポンと両の手を合わせるように叩いた。
「祐一さん。今回の事で一つ罰を与えます」
「な……なんですか?」
ビクビクする祐一に対して秋子は何処か嬉しそう。
「名雪をこれから毎朝起こしてください」
「へ……? そんな事ですか……?」
「あら。結構大変ですよ」
祐一は今朝の事を思い出す。
……確かに。あれを毎朝は重労働かもしれない。
だけど、答えは決まっている。
「わかりました。相沢祐一。全力をもって叩き起こしてやります」
「ふふっ。お願いしますね」
その声を背に祐一は名雪を部屋まで運ぶ。
ベッドに寝せ、毛布もきちんとかける。
その間名雪はまったく起きる気配がない。
それどころか幸せそうな笑顔を浮かべる。
寝言の内容を聞くと、こいつは小学生か。と思ってしまう。
けど、まぁ、なんだ。
少し――――嬉しかった。
待っててくれる人がいるというのは。
寝てしまっているのがなんともこいつらしいが。
帰ってくる場所があるのはいい事だ。
そして。
その場所に待っててくれる人がいるのはもっといい事だ。
さて、俺も寝るとしようか。
けど、その前に一言。
「おやすみ、名雪」
そして――――また、明日。
〜あとがき〜
血みどろの決戦は北川と久瀬との過去で行われたようです。
どうも。海月です。
今回のあゆイベントは実は祐一が久瀬の事を呼び捨てにするためのものだったんです!(違
ていうか長っ! 一日長っ! これが転入初日って覚えている人って何人いるんでしょうか?
と言うより読んでいる人が何人いるんだろうかって話ですが。
後、長いと言えば今回の話の長さ。なんか一話一話の長さがバラバラです。やべぇ……、纏めらんねぇよ……。
そんな自分の力量不足はさておき。
今回は結構久瀬のお話だった感じです。
あれ? 久瀬っちなんか良い人っぽい? あれれ? 前回のフリはなんだったんだ?
…………。
………………。
……さて、『召還師』の才能についてちょっと説明を(上の事は流した)。
「久瀬家は『召還師』の家系」なんて言ってますが、この手の才能は遺伝で受け継がれるという意味です。
勿論、先祖に召還師やら転移の魔術やら遣える人がいなくてもこの才能を持つ人はいます。
あと、魔物との契約は魔族との契約とは違うところがあります。
魔族との契約には才能なんか必要ありません(だから召還師以外でも出来ます)。いるのは相互間の交渉といったところでしょうか。
以上、しなくてもいいような説明でしたー。
それでは転入二日目の次回でまた。
海月さんから第十二話を頂きました。
久瀬登場でVS祐一か〜と思ったら実は良い奴。
しかもかなりイイ性格をしてるみたいで面白かったです。
その上、召還師ということでこれからも活躍しそうだな〜
それとあゆの事に関して何か知ってるか思うことがありそうだし。
そして一日目終了!二日目も濃い一日を過ごしてくれそうな予感w
感想などは作者さんの元気の源です掲示板へ!
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