第5話 帰り道で2人









 元々そんなに長風呂じゃないわたしは2人よりも先に上がることにした。あの様子だとまだしばらく入ってそうだったし、それに付き合ってたら間違いなく上(のぼ)せちゃうだろうからね。

「さってと、何か飲もうかな……」

 なんて呟きながら自販機の方に行ってみると、そこにはわたしよりも先に上がっていたらしい相沢君の姿があった。

 それだけなら何ら特筆すべきことはないんだけど、どういうわけか彼は左手を腰に当てた体勢でビン入りのコーヒー牛乳をゴクゴク飲んでいる。

「……何でそんな恰好してるの、相沢君」

「ん? おお、やっと上がったか。いやほら、こういうところに来たらこうやって飲まないとダメだろ」

「そんな規則はどこにもないよぅ」

「まああれだ、お約束ってやつ?」

 いやそんな疑問系で言われても。

「んで、せっかはどっち飲むんだ?」

「どっちって?」

「コーヒー牛乳かフルーツ牛乳」

 ……どーしてその2つしか選択肢がないんだろう。他にも色々売ってるのに……紙パックだけど。

「そういえば相沢君、それどこで買ってきたの? 自販機には入ってないみたいだけど」

「ああ、これだったら向こうの売店で。やっぱり銭湯っつったらビン入りのコーヒー牛乳だろ」

「また妙なこだわりがあるんだね」

 思わず苦笑してしまう。これも彼の言う「お約束」とゆーやつなんだろう。

「えーっと、それじゃあこれにしよう」

「何だ、せっかは買ってこないのか?」

「あはは、わたしは相沢君ほどこだわってないから」

 言いながら自販機のパック入りのリンゴジュースのボタンを押す。

 ちょっとだけ間を置いてからガタンと音を立てて出てきたそれを取り出して付属の伸ばして使うストローを刺して口に運ぶ。流れ込んでくる冷たい感覚が火照った体を冷ましてくれるのが気持ちいい。

「……何だかうまそうに飲むな、せっか」

「そうかな?」

「俺も飲みたくなってきたじゃないか。あんまりうまそうにするから」

「でも相沢君には」

 コーヒー牛乳があるじゃない。そう言おうとして彼が持っていたビンに目を向けるとそれはとっくに空になっていた。

「もう飲んじゃったの?」

「しょうがないだろ、せっかが出てきた時にはもう半分くらいはなくなってたんだから」

 そう言われてみればそうだったかも。あまりに相沢君のポーズのインパクトが強かったからそっちに気を取られちゃってたからよく覚えてないんだけど。

「とゆーわけで一口くれ」

「へ?」

 尋ね返した時にはすでにわたしの手の中にあったリンゴジュースは相沢君に取られてしまい、彼は何ら躊躇うことなくストローを口にしていた。

「ん、サンキュ。って、どうかしたのか?」

「…………」

 返されたジュースを両手で持ちながら呆然と彼のことを見つめてしまう。あまりにも鮮やかだったから何も言えなかったけど……これって思いっ切り間接キスじゃない!?

「おーい、せっかー?」

 そうやって呼びかけながらヒラヒラとわたしの目の前で手を動かしている相沢君から視線をパックに突き刺さっているストローに移して、何となくそれを凝視してしまう。何て言うか、こんなにジュースを飲むのに勇気が必要になるとは思いもしなかったよ……

「む、今日はやけにボーッとすることが多いな。やっぱりそういう年頃なのか?」

「……だから違うってば」

 やっとの思いでそれだけ口にすることができた。でもその声にはいつもの元気と言うか、まあそういうものが足りないのが自分でも分かる。

 どうやら相沢君もそのことの気付いたらしくどこか心配そうな表情を浮かべると、少し身を屈めてわたしの顔を覗き込むようにしながら、

「なあ、もしかしてどっか具合悪かったりするのか? 湯当たりしたとか」

「ううん、そんなんじゃなくて――」

「あ、2人がキスしようとしてる」

「ダメよ名雪、こういう時はそっとしておかないと」

 唐突に後ろから聞こえてきた声に、手に持っていたパックを力一杯握り締めそうになってしまった。何とか自制して食い止めようと思ったんだけど、ちょっと遅かったのかほんの少し中身が飛び出して指にかかっちゃった。

「現れてそうそう何を言い出すんだお前は。別に俺たちはやましいことをしてたわけじゃないんだぞ? せっかの様子がおかしかったからそれを訊いてただけであってだな」

「そ、そうなんだよ。別にただ普通に話をしてただけで」

「でもさっき間接キスしてたよ?」

「っ!」

 予想外と言えば予想外のその一言に、わたしはお風呂上りとは違った意味で火照ってきた体を冷まそうと口に含んだジュースを噴き出してしまいそうになった。

 どうにかそれは押し留めることができたんだけど、今度は気管に入ってしまったらしくこれでもかってくらいに咽(むせ)てしまった。あー苦しい。

「間接キス? ……ああ、そういえばそういうことになるのか」

「いや、相沢君もどうしてそんなに平然としてるかな」

「だけどそこまで意識するもんでもないだろ。向こうじゃこれくらいよくやってたし」

「それでも、もうちょっと気遣ってほしかったよ……」

「うむ、次からは善処することにしよう」

 どーしてだか大仰に頷く相沢君。まあ彼らしいと言えば彼らしいのかな。

「わたしも何か飲もーっと」

「お前の場合はイチゴオレで確定だろうが」

「あ、ホントだ。いっちごっ、いっちごっ♪」

 何だかよく分からないけどそんなことを口ずさみながら嬉々としてイチゴオレを買ってる水瀬さん。そういえばイチゴが大好きだって学食のAランチを食べながら話してくれたっけ。相沢君曰く「病的に好き」らしいけど、ホントなのかな?

「んー、お風呂上りのイチゴオレは格別だよー」

「お前はイチゴなら何でも美味しくいただけるだろうが。ある意味イチゴ農家に対する冒涜だよな」

「そんなことないよ、ちゃんと味の違いとか分かるもん」

「じゃあ今度利き酒ならぬ利きイチゴでもやってみるか。面白そうだし」

 またいきなり凄いこと言い出したよこの人は……だいたい誰がそんなにたくさんの種類のイチゴを集めてくるんだろう。

「でもそのまま食べたんじゃ面白くないよな。どうせなら適当に加工した食品の方が……」

「それでしたら私がジャムにしてみましょうか?」

「ああ、それいいかもしれませんね。普段からも食べ慣れてるもので間違えた方が盛り上がりますし」

「何で失敗することを前提に話すのかな、祐一は」

「だって全部正解したら盛り上がりに欠けるだろ。……まあホントに全部正解すればそれはそれで凄いんだが」

「大丈夫だよ、わたしのイチゴに対する愛情はそれくらいやり遂げてみせるよ」

「ホントにお前ならやってのけそうで怖いよ」

 ……どうしてこの人たちはこんなにノリノリなんだろう。秋子さんまでその気になっちゃってるし。

 て言うか、ジャムってそんなに簡単に作れるものなのかな? いくら秋子さんが料理上手でもそれはさすがに――

「と言うわけで、だ。その時はもちろんせっかにも来てもらうからそのつもりで」

「ぅえ? わたしも関係者なの?」

「何を今さら、この場で話を聞いてたんだから当然だろ」

 わたしの思考を断ち切るようにしてそう言ってきた相沢君の目は物凄く真剣だった。本気だ、本気でやる気だよこの人は。

 もしかするとこれは美坂さんとか北川君にも伝わるかもしれないな。北川君なんかは喜んで賛同しそうだし……美坂さんはいつもみたいにちょっと冷めた目で2人のことを見たりして。

 ……うわ、何だか凄いリアルな光景が想像できちゃったよ。わたしも当然のようにその場に居合わせることになるんだろうなぁ。

 なんてことを考えているわたしを他所に相沢君は秋子さんと何やら打ち合わせをしているみたい。

 イチゴは今が旬じゃないから、という意見もあったからか実行するのは当分先のことになるかもしれないけど、できればそれまでに関係者各位が忘れてくれてると助かる、かな。寒くなる頃にはわたしたちも色々と忙しいだろうし。

 あー、でも最近は品種改良とかも結構進んでるしあんまり季節とか関係なく手には入るんだろうな。イチゴ好きの水瀬さんがそれでもいいって言えば今にでも始めそうな感じ。まあその前にジャムを作らないといけないわけだけど。

「おーい、何またボンヤリとしてるんだせっか。そろそろ帰ろうぜ」

「え、わっ、いつの間に」

 声をかけられた方に振り向くと、相沢君たちは知らない間に出口に向かって移動していた。

「もう、帰るなら帰るで言ってくれてもいいじゃない」

「いやいや、何か考え事してたみたいだからそれも悪いと思ったし」

「でも結局声をかけるんだったら同じだと思うんだけど」

「違いない」

 そう言ってクツクツと笑う。もしかして確信犯?

「それにしてもすっかり暗くなってるね。結構長居しちゃったかな」

「どうだろうな。ここに来た時にはもうそれなりに暗くなりかけてたからそんなでもないんじゃないか?」

 えーと、確かちょっと早めに夕飯にして、それからみんなの準備が終わってからすぐに出てきたから……空の片隅がまだ夕焼け色になってたくらいだったかな? 時計持ってきてないからちょっと正確な時間は分からないけど、たぶん銭湯に入ってから経ってても1時間ってところだと思う。

「祐一さん、雪花ちゃんのこと送ってもらえませんか? こう暗い中を1人で帰るというのも無用心ですし」

「え、いいですよそんな。相沢君にも悪いし、ウチってここからそんなに離れてませんから」

 いきなり秋子さんにそう提案されて大慌てで否定する。

 ここから家まで10分とかからないから、わざわざそんなことまでしてもらわなくても大丈夫だと思ってそう言ったんだけど、秋子さんはニッコリと微笑みながら、

「でもね、そういう油断が思わぬ危険を招くものなのよ。私たちなら心配いらないから、お願いしますね祐一さん」

「りょーかいっす。んじゃま、ボチボチ行きますかね」

 あう、何だかあっと言う間に送ってもらうことが確定しちゃったよ。イチゴのことがあってすっかり忘れちゃってたけどあんなことがあった後だから余計に変なところを意識しちゃいそう。

 さっさと歩き出した相沢君のことを追いかけて足を前に踏み出したところでふと後ろ側を振り向いてみると、まだ2人がわたしたちのことを見送ってくれていた。

 かと思えば水瀬さんは何故かガッツポーズをしてきて、その上パクパクと口を動かしてた。

 明かりが銭湯の中からのとちょっと離れたところにある街灯だけだったからよくは見えなかったんだけど……えーと、「頑張れ」かな? って、何を頑張れって言うんだろう……もう帰るだけなのに。

 ……そういえば、水瀬さんってわたしと相沢君のことをくっつけようとしてる節があったっけ。ひょっとしてそういう意味の「頑張れ」ってこと!?

「もー、何考えてるんだろう」

「何がだ?」

「えっ?」

「いやほら、今『何考えてるんだろう』って言ってたから」

「ああ、えとその、何でもないよ何でもない」

 ブンブカ手を振りながらそう否定すると相沢君はあっさりと興味をなくしたのか「ふーん」って1つ頷いてから前を向いた。

 それにしても知らぬ間に口に出してたんだね。今考えてたことを全部口にしてたらえらいことになってたよ。

 でも……そんなこと考えてたらだんだん相沢君のこと意識しちゃうじゃない。もう、水瀬さんってば最後の最後でとんでもない置き土産を残してくれちゃったなぁ。何だか恥ずかしくて彼のことまともに見れそうもないや。

 もちろん相沢君にそんな気はないだろうし、わたしだって本気で相沢君のこと……とかそういうんじゃないんだから堂々としてればいいんだけどね。一応わたしも年頃の女の子ですから、たまにはそんなことを空想したりすることもありますよ?

 だけど普段はもうちょっと時と場所を考えてと言いますか、まさか同年代の男の子と2人っきりの時にするなんてありえないんだけど。そもそも1人の時だって滅多にそんな想像とかしないのに。

 あーもう、何でわたしがこんなことで頭悩ませなきゃいけないかなぁ。もしかして新手の嫌がらせだったりする? これが世に聞く新人いびりってやつなんだろーか、なんて明らかに横に3メートルくらいズレたことを考えてたりして。

「……おーい、ボンヤリしてると危ないぞせっか」

「うひゃっ!?」

「ぅおっ、そんなに驚くなよ」

「そ、そんなこと言っても、いきなり話しかけられたらビックリするじゃない」

「いやいきなりって……結構長いこと呼びかけてたぞ? 何か考え事してたからそのせいで気付かなかっただけだろ」

「う……その、ゴメンね」

「別にそれくらい構わないけどな。それよりもうせっかの家に着いてるぞ」

「嘘っ」

「んなことで嘘言ってもしょうがないだろ。……それとも俺が間違えてるだけかな」

 ちょっと方向音痴なところあるみたいだしなー、とか言ってる相沢君を横目に辺りの様子を確認すると、確かに目の前にあるのはわたしの家だった。まだ電気が点いていないところを見るとお母さんはまだ帰ってきてないらしい。

「ううん、ちゃんと合ってるよ。わざわざ送ってもらってありがと」

「気にすんな。これくらいお安い御用だ。それに今日が初めてってわけでもないだろ?」

「あー、そういえばそうだねぇ」

 相沢君に言われて、わたしたちが初めて出会った雨の日のことを思い出す。

 そういえばあの時強引に送ってもらって――送られる方が強制されてるのって何かおかしいと思うんだけど――以来かもしれないな、相沢君とこんな風にして帰るのって。まあ商店街とかにみんなで遊びに行ったりはしてるんだけどね。

 でもそういう時はだいたい商店街を出た辺りで別れちゃうし。家に呼んだところですることなんか何もないしねー。

「うし、じゃあ無事に務めも果たしたことだし俺も帰るわ。湯冷めする前に家ん中入れよ」

「あはは、それなら相沢君は急いで帰らないといけないね」

「む、そう言われてみればそうだな。なら走るとするか」

「……それで汗かいたら何のためにお風呂入ったんだか分からなくなっちゃうと思うんだけど」

「おお、確かに」

 言って盛大に笑う相沢君。一体何考えてるんだろう、この人は……

「だったらたまにはのんびり夜道を散歩ってのも悪くはないだろ。風情があるしな」

「うーん、そうだねぇ。満月とかだったらもっと雰囲気出たかもだけど」

 あいにく今日は半分よりちょっと大きいかなってくらいの月。これはこれでいいとは思うけどね。

「んじゃ、またなせっか」

「うん、また学校でね」

「おう」

 短く言葉を交わして、相沢君はクルッとわたしに背を向けると今来た道を引き返していった。

 彼に言われた通りにすぐ家に入ろうと思ったんだけど、何でかその後ろ姿が角を曲がって見えなくなるまでわたしはずっと家の前で見送ってた。

 自分でも理由は分からなかったけど、もしかしたら今の雰囲気をもうしばらく感じていたかったのかもしれないな、なんて思ってからもう見えなくなってしまった相沢君の後ろ姿を思い出す。

「……ありがと」

 その瞬間に自分で聞き取るのがやっとくらいの大きさでそんなことを呟いているわたしがいることに気付く。

 一体何に対しての「ありがと」なのかは分からないけど、呟いた時に胸の奥がほんのり温かくなったのを感じながら、わたしは静まり返った家に入るべく玄関のドアを開けるべく鍵を取り出した。






後書き

……今さらながらに連載仕様に変更してから挨拶してないことに気付いたダメ作者の迷宮紫水です。こんにちは。
大変長らくお待たせしてしまった「何気ない日常の中で」第5話でした。
更新を楽しみにしていた方々(いるんでしょうか)には非常に申し訳なく思っております。
と言っても、のんびりまったりなのには変わらないのでしょうけれど(ぉ

とりあえず今回で銭湯編は終了です。
次回は……何にしましょうかねぇ。ネタとしては色々あるんですが。
ともあれ、ご意見ご感想、叱咤激励その他「早く続き書いてー」みたいなのがありましたら
こちらまで。
もしかしたら、書くスピードが上がったり下がったりするかもしれません。
……下がるの?



迷宮紫水さんから第5話を頂きました。

今回は間接キスと、また二人の間が少しは短くなったかな?

それにしてもだんだん妄想(空想?)の世界に入ってる時が長くなっているような。

それがまた魅力になっているんですよね。

次回は何編になるんでしょうか。

 

感想などは作者さんの元気の源です是非メールを!

 

第4話  第6話

 

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送