何気ない日常の中で
第4話 銭湯へ行こう









 ひとまず相沢君たちと一緒にウチに戻って着替えとかの準備をしてから、一路水瀬さんの家を目指すことになりました。

「うーん、やっぱり悪い気がする……」

「何だ、まだ気にしてんのか? 秋子さん相手にんなことするだけ無駄だって」

 ハッハッハ、とか笑いながらペシペシとわたしの頭を叩く相沢君。

 ずいぶんとその秋子さんって人――水瀬さんのお母さんらしい――が寛大みたいに言ってるけど、会ったこともないんだからそんなこと思えないよ。てゆーか、それよりも頭叩くの止めてほしいんですけど……

「せっかが不安に思うのも分からなくはないけどな、心配無用だぞ。何せあの人は俺が居候することを二つ返事で了承したって母さんが言ってたからな」

「はぁ」

 何だか気のない返事をしてしまう。

 でもそれは相沢君が血縁者だからっていうのもあるんじゃないかなー、とか思ってみちゃうんだけど、水瀬さんも何も言ってこないしホントに大丈夫なのかも――って、もしかしてわたし、実は結構乗り気だったりするのかな?

「せっかちゃん、何だかボーッとしてるけど大丈夫?」

「え、あ、うん」

 いきなり目の前に水瀬さんが顔を突き出してきたからビックリして仰け反った拍子に後ろにいた相沢君のぶつかってしまう。

「あ、ゴメンなさい」

「別に謝るほどのもんでもないだろ。……しかし名雪にボーッとしてる、なんて言われたら世も末だな、せっか」

「うー……もしかして祐一、ひどいこと言ってる?」

「目の錯覚だろ」

「目は関係ないよー」

「なら幻覚でも見たんだろ」

「だから、目は関係ないと思う……」

「って、漫才やってる場合じゃないな。せっか、ここが俗に言う水瀬家だから遠慮なく上がってくれ」

 そう言いながら相沢君は立ち止まった目の前にあった家を指差した。確かに表札には「水瀬」って書いてあるけど……何でこんなにえらそうにしてるんだろう。まあ彼もこの家の一員に変わりはないんだけどさ。「俗に言う」って何。

「……とうとう来ちゃったんだね」

「何でそんなに力が入ってるかな。ダチの家に来ただけだと思えばそんなに緊張するもんじゃないだろ?」

「それはそうだけど、ほら今日は事情が事情だし」

 もしダメだって言われたら急いで……ってほどでもないにしろ夕飯の調達に行かなきゃいけないわけだし、それにわざわざここまで銭湯に行くための道具を持ってきたのも無駄になるわけだし、何て言うか色々損しちゃうんじゃないかな、とか。

「ま、とりあえず入れ入れ。名雪もいつまでもそんなところで立ち尽くしてないでさ」

「そうさせたのは誰だよー」

「……気にするな」

「もう、ちょっとでも後悔するなら止めておけばいいのに。ねえ、せっかちゃんもそう思うでしょ?」

「え、ええと、うん、そうだねー」

「うわ、せっかまで敵に回るのか。これが世に聞く孤立無援ってやつだな……ああ、なんて世知辛い世の中だ」

「相沢君、それはちょっと大げさすぎじゃないかな」

 思わず苦笑。まあ彼のこんなところは今に始まったわけじゃないからいいんだけどね。

「でも祐一の言う通りかもね。いつまでも玄関の外で話してるのもどうかと思うし」

「だろ? いつだって俺は正しいんだ」

「……それはちょっと肯定できないかな」

「ぐはっ」

 わたしの言葉に胸を押さえて盛大に仰け反る相沢君。相変わらずリアクション大きいねぇ。

 でも顔が笑ってるってことはこんな風に突っ込まれるのが分かってたってことなのかな? それかこうなるのを期待してたとか。

「てなことやってる間にさっさと入れよ名雪。後ろがつかえてるんだぞ」

「あ、ゴメンね。すっかり2人の漫才に見とれてたよ」

「別に漫才してたわけじゃないんだけどなぁ」

「何、違ったのか!?」

 ……えーと、本気で言ってるのかな相沢君てば。

 きっと本気なんだろうねぇ。せめて北川君がいれば……余計に収拾つかなくなっちゃうか。やっぱり美坂さんみたいに一言で切って捨てないとダメなのかな。

 でもちょっとわたしにはできそうにもないし――って、一体何を考えてるんだわたしは。別に漫才師を目指してるわけでもないのに。

「せっかちゃん、またボーッとしちゃってるね」

「まあそういう年頃なんだろ」

「どんな?」

「夢見がち」

「なるほど」

「納得しないでよぅ」

 真剣な表情で頷く水瀬さんに思わず抗議の声を上げてしまう。

 でもこのまま時折空想に耽る癖がある、なんて触れ回られたら堪らないからね。特に相沢君辺りはそういうことしそうだし。まあ美坂さんに頼めば止めてくれるだろうけど。

「あはは、ゴメンゴメン。それじゃあお客様1名ごあんなーい」

 何故か元気よく片手を振り上げてそんなことを言い出す水瀬さん。唐突と言えば唐突なノリに相沢君も苦笑してしまっている。

 ともあれ先に2人が玄関を通り抜けて、声をそろえて「ただいま」と挨拶している後ろからコソコソとわたしも中に入ることにする。

「お帰りなさい。あら、そちらは名雪たちのお友達かしら?」

 ちょうどわたしが2人の後ろに並んだところで奥から姿を現した長い髪の毛を1つのおさげにまとめた女の人が出迎えてくれた。

 って、何だか滅茶苦茶キレイな人だなぁ。水瀬さんにお姉さんがいるなんて聞いてないけど、まさかこんなに若い人がお母さんなわけないよね。

「そうだよー。前に話したことあるせっかちゃん」

「あ、初めまして。霧崎雪花です」

「いらっしゃい。それにしても大荷物みたいだけど、もしかして泊まっていくのかしら?」

「えっと、これはその」

 そんなにたくさん荷物持ってきてるわけじゃないけど、やっぱり友達の家に遊びに行く時の量に比べれば多いもんね。そう思われてもしょうがないか。

「あ、俺が説明しますよ秋子さん」

 横手から相沢君が助け舟を出してくれた。まあ言い出しっぺは彼だから問題ないって言うかむしろそうしてくれると――って、ちょっと待って。

「……秋子さん? この人が?」

「はい、そうですけど」

 左手を頬に当てながら不思議そうな顔で呆然と呟くわたしのことを見やる秋子さん。

 なんて冷静に分析してる場合じゃないよ、こんなに若く見える人が水瀬さんのお母さん!?

「ええぇぇぇっ!?」

「わ、ビックリ」

 いや、ちっとも驚いたようには見えないんだけどね水瀬さん。

「いきなり叫ぶなよせっか。秋子さんも驚いてるだろ」

 相沢君はそんなこと言ってるけど、当の本人はさっきの体勢のまま微笑みを浮かべてわたしたちのことを見ているだけだ。何て言うか、こういう状況に慣れてるってゆー感じで。

「だって、水瀬さんのお母さんなのにこんなに若くてまるでお姉さんみたいで」

「あー、せっかがそう思うのも無理はないよなぁ。俺だって7年ぶりにこっちに来た時は驚いたからな。まさか文字通りの意味で『お変わりなく』なんて使うことになるとは思わなかったぞ」

 どこか遠い目をした相沢君がご丁寧にもそんなことを語ってくれる。ってゆーことは冗談でも何でもなくこの人が水瀬さんのお母さんなんだ……断言できるけど、この人にこんなに大きな子供がいるなんてこと、一目見ただけじゃ分からないよ。説明してもらってさえまだ半信半疑なんだから。

 きっと今のわたしってかなり間抜けな顔してるんだろうなー、なんて思いながらわたしがこんな荷物を持ってここまで来た経緯を相沢君が説明しているのを眺めてた。

 水瀬さんも彼の隣でそのお手伝いをしてるんだけど、そのせいで時折漫才っぽくなっちゃってるのがまた何とも。秋子さん――間違ってもおばさんとは呼べない……こんなに若々しいんだもんなぁ――はそんな2人のことを微笑ましげに眺めているだけだし。

「――というわけなんですけど、どうでしょ?」

「了承。それじゃあ張り切ってお夕飯の支度しないといけませんね」

「あ、わたしも手伝うよー」

「俺は……いつものごとく皿並べるくらいしかできることがないんだけどな。まあそういうわけだ、っておーいせっか、戻ってこーい」

「はっ」

 目の前で手をヒラヒラ動かされてようやく我に返ることができたわたしだったけど、そのことに気付いた相沢君がズイッと顔を突き出してきたもんだからビックリして後ろに下がってしまった。

「な、何?」

「いやだから、一発了承が出たの聞いてただろ?」

「あー、うーんと」

 ゴメンなさい、まだちょっとさっきのショックが抜けきってないみたいです。

「……その様子だと驚きっぱなしだったみたいだな。まあいいや、ともかくウチで飯食ってからみんなで銭湯行くことになったから」

「あ、うん。……へ?」

「だーかーらー、ウチで飯食ってけって言ったんだ。どうせせっかは家帰っても誰もいないんだろ? 遠慮することないって。秋子さんがそう言ってんだから」

「え、えーと……ホントにいいのかな」

「何でそんなに遠慮してんのかね。いい加減に覚悟しろよ」

「いや、相沢君日本語おかしいから」

 パタパタと手を振りながらそう指摘すると、何故だか彼はニカッと笑ってからわたしの頭をグシャグシャと撫で回してきた。

 ……もしかして緊張を(ほぐ)してくれたのかな。でもねぇ、いきなり人様の家にお呼ばれ、なんてことになったら普通は恐縮しちゃうと思うんだけどな。

 でもまあ、たった1人で寂しくご飯食べるよりはいいかな、なんて思うわたしもどこかにいて。

「それじゃあその、宜しくお願いします」

 そうやってわたしが頭を下げると、秋子さんが「そんなに畏まらなくてもいいのよ」って言ってくれて、ホントによくできた人なんだなってことを改めて感じた。





 あの後、さすがにわたしだけ何もしないのも、と思って夕飯の準備の手伝いを申し出たんだけど「お客様だから」と秋子さんに押し切られる形で相沢君とお喋りしながらのんびり待つことになってしまった。

 断水してる割には妙に手際よく進んでいく作業を見てビックリもしたけど、もっと驚いたのは秋子さんの料理の腕かな。何て言うか、料理下手なわたしから見たら雲の上の人だよ……秋子さんは頑張れば誰だってこれくらいできるとは言ってたけど、さすがに無理だと思います。本気で。

 ともあれ、少し食休みをしてからみんなでワイワイと銭湯に向かったわけです。もちろん男女別々だから相沢君とは入り口でお別れ。

 別れ際に1人寂しそうにしてた彼のことを、悪いとは思ったけどちょっと笑っちゃったりもしながら中へと潜入したわけです。

「わー、広いねー」

 あまり人も入っていないから結構静かな空間に水瀬さんの声が響く。

 もうちょっとお客さんが来てると思ってたんだけど、ちょっと待ってれば家のお風呂が使えるんだからわざわざ銭湯まで来る人は少ないのかな?

 まあ何にしてもまずは体を洗わないとね。そう思ってたくさんある蛇口の1つに陣取って、出てくるお湯の温度の調節から始める。

 髪を洗ってる時とかに調節に失敗すると目も当てられないことになるんだけど、幸いここは簡単に温度調節ができるところだったりする。

「ねね、せっかちゃん、ほら『かぽーん』て」

「そんな、わざわざ鳴らさなくても……」

 わたしの隣にやってきた水瀬さんが手にした洗面器で床を叩いて音を出して喜んでる。いくらなんでもはしゃぎすぎだと思うんだけど、秋子さんはそれを微笑みを浮かべて眺めているだけ。

 まあこんな機会でもないと銭湯なんて来ることもないだろうから彼女がはしゃぐのも分からなくはないんだけど……さすがにこの歳になってまでこんなことをするのはどうかと。そんなことを思っていたら自然と苦笑が零れる。

 ――のはいいんだけど。こういうところに来るともう1つ自然と意識してしまうことがある。ああ、何て神様は不公平なんだろう、って。

 そりゃわたしは背が低いから別に気にしなくてもいいんじゃないのとか友達によく言われたりするけど、気になるものは気になるんだからしょうがないじゃない。

「うー、何だかせっかちゃんから熱っぽい視線を感じるよ」

「わわっ、別にそんなつもりじゃ」

「あら、雪花ちゃんはそういう趣味なのかしら」

「ちちち違いますっ! わたし滅茶苦茶ノーマルですよっ」

「冗談よ。でもそんなに気にしなくてもいいんじゃないかしら」

 ……いやその、子供1人育ててるのに、その娘さんよりもナイスなプロポーションしてる人に言われると説得力があるんだかないんだか。

「そうだね、せっかちゃんはそのままでも十分かわいいと思うし。北川君もせっかちゃんのこと人気あるって言ってたしね」

「あれは……当てになるのかなぁ」

「北川君だからね」

 それはどういった意味で? 肯定してるのか否定してるのかイマイチ分からないんだけど……

「でも無理して背伸びするのはよくないと思いますよ。自然なままの雪花ちゃんのことが好きな人、きっとどこかにいるはずですから」

「そんなもんですかねぇ」

「そんなものですよ」

 至極当然だと言わんばかりにニッコリと微笑みながら答えてくる秋子さんを見ていたら、ホントにそうだと思えるから不思議だ。

 でもそれだけ真剣に考えてくれているってことなんだろうね。それも今日初めて会ったばかりなのに。いやはや色んなところで見習うことがある人だ。

「そうそう、祐一はきっとそんなこと気にしないと思うよ」

「って、何でそこで相沢君の名前が出てくるのかなっ!?」

「あら、祐一さんと雪花ちゃんはそういう関係だったの」

「違いますってば! 別にわたし、そんなつもりで」

「お母さんもお似合いだと思うよね?」

「そうね」

「だから無視しないでくれませんかー?」

 もう、完璧にわたしのことなんかそっちのけで勝手なことを言い合い始める水瀬母娘(おやこ)。ホントにどうしてこんなに水瀬さんはわたしと相沢君をくっ付けようとするんだろう……そりゃ、彼のことは嫌いってわけじゃないけどさ。

 はぁ、とため息ついてから体中に付いた泡を洗い流して一足先に広い湯船に浸かる。すると自然に息を吐き出しちゃうから不思議。

 少しだけ遅れて水瀬さんたちも入ってきたけど、思いっ切り手足を伸ばせるからかそれはそれは気持ちよさそうにしているんだこれが。何か糸目になってるし。

「あらあら、寝たらダメよ名雪」

「大丈夫だよ、さすがにお風呂では寝ないよー」

 タオルを小さく折り畳んで頭の上に乗せたまましっかり肩まで浸かっている水瀬さんがいつもよりちょっと間延びした口調で答えた。

 それが気持ちいいからなのか単に眠いだけだからなのかは分からなかったけど、何となくそんな彼女の姿がおかしく見えて2人に気付かれないように目を逸らしながら声に出さないように気を付けて笑ってしまった。






後書き

「何気ない日常の中で」第4話でした。
どうにか銭湯には辿り着きましたが……終わりませんでしたねぇ。
まあ話が商店街で展開した時点でこんなことになるんじゃないかとは思ってたんですが(ぇ
とりあえずこの銭湯編(?)はあと1回続きますー。

ご意見ご感想、叱咤激励その他「こんなシチュエーション入れてくれ」みたいなのがありましたら
こちらまで。

ついでにここらで雪花のスペックなんかを。

身長:152cm  体重:40kg(自己申告)
スリーサイズ:上から73・54・76
誕生日:8月2日
勉強:そこそこ  運動:苦手
備考:料理も苦手

うむ、見事ですな(何が)



どうもマサUです。

今回もほんわかほのぼのしていて良い感じです。

やはり秋子さんに驚くせっかちゃん少し意識が飛んでます。

そして銭湯に、なんか名雪、秋子さん親子のペースに巻き込まれているのが面白い。

それに妄想壁疑惑、レズ疑惑、祐一LOVE疑惑などもたれて微妙な不幸っぽさがまたかわいかったり。

次で銭湯編が終わりかな。

楽しみです。

 

感想などは作者さんの元気の源です是非メールを!

 

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