閃光が走る。

宙に浮かぶ無数の水の塊に向かって。

水が弾け飛び、地面に空を映す鏡を創る。


少年が独白する。


「突然だが、俺は思っている事を口に出す癖がある」


少女は沈黙する。


「だから、これはただの独り言で、思い込みで、勝手な決め付けでしかない」


魔物に囲まれた戦いの場所で。

人間に囲まれた守りの場所で。


「あゆ。お前にハンターは無理だ」


少年は少女を否定する。


















「………………」


………………。


「……………………なんであんな事言っちまうかなぁ……俺は……」


祐一は頭を抱えて思いっきり落ち込んでいた。


何も今言わなくてもいいだろ。とぶつぶつ言えば言うほど落ちていく。

魔物の死体に囲まれ、目の前に出来た小さな水溜りを眺めながら一人で黄昏る姿は不気味だ。


「あの髭のおっさん、ちゃんとあゆを避難場所まで連れていっただろうな?」


香里の指示によって散開したしばらく後に祐一と北川をたっぷり説教をした髭隊長ことヒーケ小隊長が部下を数人連れてやって来た。

祐一と協力し魔物達と戦い、逃げまわる一般人を先導する彼らにあゆを押し付け、一緒に避難させた。

自分も一緒について行くのが一番安全だと祐一は分かっていたがその時はまだこの広場に魔物が複数残っていたために動く事が出来なかった。

それにあゆに対し『ハンター失格』の烙印を押し、ただでさえパニックに陥っていた彼女を傷つけてしまった。

この状態では傍にいるだけで彼女の心をまた傷つけるかもしれない。

そんな風に考え、そして、泣きそうな彼女の表情を思い出して、祐一はひどく自己嫌悪に沈んだ。


何故あんな事を言ってしまったのか。


あの時の状況を考えれば言っても仕方なかったし、あゆの行動に怒りも感じていたし、何より彼女には戦ってほしくなかった。

あゆの心が傷つくのは見たくない。彼女の心を僅かでも壊したくない。

祐一はそう願っているのに自分自身で傷つけ、壊すような発言をしてしまった。

泥沼のように気持ちがまた沈む。


「ゆーいちー」


底なし沼かもしれない思考から少年を引き上げたのはの間延びした声。

声の方向に顔を向けると小走りに走って来る青髪の少女が一人。


「屈んじゃってどうしたの? ……あっ。もしかして怪我してるの? 大丈夫? 治したげるからみせて?」


言われて初めて祐一は屈んでいる事に気付き、自分が怪我をしたかのように辛そうな表情をする名雪に心配ないと立ち上がりながら笑ってみせる。


「……本当に大丈夫? なんだかすごく辛そうだよ?」

「大丈夫だっつの。いくら集団で来ようがトロル程度に俺がやられるかよ」


傷ついたのは身体じゃなくて心で、その上原因は自分の勝手な発言に勝手に落ち込んでるとは言い辛い。

少し心配な気持ちは残っていたが名雪は祐一の言葉を信じる事にして、そうだね。と頷いた。


「そういえばあゆちゃんは?」

「あゆは……避難した」

「そうなんだ。大丈夫かな?」

「警備兵も一緒だし平気だろ」

「なら安心だね」


名雪が言葉だけでなく表情でも安心した所で、新たな声が二つかかる。

祐一と名雪が視線を向ければその先には香里と北川がいた。


「おー。大丈夫かー? ふたりとも」


全身血だらけの北川がそんな事を言ってきた。


「いや、北川。お前こそ大丈夫か? 実はもう死んでないか?」

「死んでって、おぃ……よく分かったな」

「なに!? やっぱり死んだのか! って事はお前死人か!? 敵か!?」 

「ふ、ふははは! ゾンビとなったオレはもはやムテキ! 今こそキサマを倒そうぞ!!」

「北川君の怪我はあたしが治したし今はコントをやってる状況じゃない事を思い出してくれない」


自己嫌悪を消す為とはいえふざける祐一とノリで生きる北川。

そんな二人に香里は静かにだがかなり怒気の篭もった声を出す。


「……すまん」

「……悪い」


さすがの二人も反省する。

祐一は完全に自己嫌悪から抜け出していないこともあって溜息をつく。

それを香里に怒られたせいだと勘違いし、名雪が慌てて香里を宥める。


「香里。落ち着いて」

「落ち着いているわ、名雪。それより相沢君。あゆちゃんは?」


香里が名雪と同様の質問をしてきたので祐一も同様の答えを返す。


「そう。無事ならいいわ」


移動しながら話しましょう。と香里が先導し皆がそれに続く。

公園を出ると意外に魔物も魔物による被害も見当たらない。

建物や整備させた道路。均等に植えられた木々。

そこを移動する者達が穏やかに歩く様から慌しく逃げる様に変わっただけで他はほとんどそのままだ。

公園内は木々は倒れ、地面は荒れ、血にも染まっているというのに。

だが、避難する者達には、させる者達には助かる状況ではある。

逃げる人々の流れを逆走する美坂チームの面々にも会話する余裕が生まれる。


「相沢君。公園内で叫んでた『アレ』なんだったの?」


祐一の『バカあゆ』発言。それは質問した香里だけでなく、名雪と北川も気になっていたものである。

なんでもない。とは祐一もさすがに言えない。あれほどデカイ声でしかも怒気まで篭めて叫んだものを。

祐一はまず適当に嘘をつくか本当の事を話すか悩み、次に本当の事を話すとしてもどう言うかを悩む。


どうにもあゆの事には即決即断が出来ないな。と祐一は自嘲めいた考えが浮かぶ。


それでも考えた時間は数秒で彼は話しだす。


「答える前に質問だが……あゆの戦闘の実戦経験てのはどれくらいなんだ?」

「そうね……。クラスが違うからはっきりとは言えないけど、訓練で魔物と戦う事はあっても本当の意味で戦闘をした事はほとんど零じゃないかしら?」

「やっぱりか……」


香里の答えに頷く祐一。

そこに北川がふとある事を思い出す。


「けど、この前……相沢が転入したばっかの時だな。月宮さん、リザードマンと戦って勝ったみたいだぜ?」

「あゆちゃん一人で?」

「……たぶん。倒すとこ見たわけじゃねーけど、あん時月宮さん一人だったし、そうなんじゃねーのか?」


リザードマンが倒された後に来た北川は知らないが、あゆ一人だったら、あの時彼女は死んでいただろう。

今、あゆが生きているのは彼女曰く『風さん』のおかげだ。

余談ではあるがあゆがリザードマンと戦う嵌めになったのもまた『風さん』のせいだが。


閑話休題。


「なんにしろ、あゆはマジな戦闘をほとんど経験してないんだろ?」


たとえ北川の意見を取り入れても、結局はそうなる。


「突然の魔物の襲撃にあゆはあっさりとパニックになった」


そして、と続ける。


「よりによってあいつは≪水弾≫の魔術を遣った」


このたった二文で祐一は説明を終えた。

嘘はつかなかった。だが詳しくは説明する気にはなれなかった。

後は自分で勝手に考えろ。と言わんばかりに祐一は口を閉ざす。

これ以上あの時の事を思い出すとまた気分が落ち込むに決まってるのでそれを阻止する為に周りの風景を見る。

公園付近と違って建物や道路の破壊が目立つ。

避難が進んでいるのだろう。本来なら賑わう大通りの人気がまるで無くなっている。


祐一の少なすぎる説明でその時の状況を一番早く掴んだのは当然香里で、彼女は質問を一つだけした。


「あゆちゃんの出した水弾はどうしたの?」

「動き出す前に俺が全部打ち落とした」

「そう。わかった」


香里は一息ついて、


「相沢君。あなた、やっぱりすごいわね」


自分のすぐ隣にいる存在が自分より高い所にいるのだと改めて実感した。


答えがまだ分からない二人は揃って首を捻っていた。

祐一は押し黙り、香里も街の状況を見渡す。





――――ズキン――――





祐一の身体の中で何かが疼いた。

それが何を考える前に北川が祐一に声をかける。


「相沢。なんつーか……ガラスを引っかいたような音がお前の方からするんだが……」


甲高い音をそう例えた北川の言葉でその音が何処から発せられたのかすぐに思いつく。

首から下げ、服の中でしまい込んでいた紅玉の魔石。

取り出すと遮られていた音が周りに広がる。

つい五日ほど前の時と違って僅かに発光している。

その光の中に魔方陣と魔術式が浮かび上がっているのを祐一には見なくても分かる。

先ほど感じた疼きと魔石の発光。

そこから浮かび上がる答えを彼は知っている。


他の三人を置きざりにして祐一は全力で駆けた。

何処へ向かえば良いのか知っている。

魔石が、感覚が、魂が教えてくれる。





――――ズキン――――





胸の奥が疼く。

疼くたびに思考が疑問で埋まっていく。


何故この地に現れるのか。

何故この地に決めたのか。

何故自分がいるこの瞬間なのか。


足を進めるたび街の破壊が進んでいく。

瓦礫に交じってヒトであったものも転がっている。

圧倒的な破壊者がこの先に存在する。


足の向かう先から遠吠えの様な叫びが届く。

遠吠えに共鳴し、魔石の甲高い音が一層高まった後、その音は消失した。

その代わりに発光が強くなる。





――――ズキン!――――





疼きから痛みに変わり、思わず胸を押さえる。

胸を押さえたが、痛むのは胸ではない。

痛むのはその奥。


『心』ではない。その更に奥底の『魂』が痛む。


ズキズキ痛むのを無理矢理無視して、胸から手を離す。





そして――――辿り着く。





広がる鮮血。

千切れた手足。

原型無き身体。

潰された頭部。


地面に転がる虐殺された人間達。


原型無き建物。

薙ぎ倒された木々。

地割れた大地。


今尚崩れる破壊された街の一角。


其れを行った破壊者。

そこに君臨するのは――――異形の化け物。


ワーウルフ。

想像するならそれが一番正しい。

狼の顔に全身を覆う長い毛並み。それに爪などと部分的なパーツは間違いなくワーウルフのもの。

だが、目は真紅に血走り、牙は倍以上に巨大で、そこから滴るのは真っ赤な血。

歪に膨れ上がった両腕。

右手に棒のような人間の腕を掴み、左手では右手に持つ腕の本体なのだろうが、それにはもう両腕だけではなく頭部も付いてはいなかった。

人間であったそれは最早ヒトの形をしていない。

化け物が飽きたように両手のものを捨て、その足元にも同様のそれらがガラクタのように散乱しており、鋼鉄のような黒光りを見せる両脚で石ころの如く踏みつけられる。


化け物は空を見上げ、絶望を与えるように咆哮する。

咆哮に共鳴して化け物の胸元に描かれた六望の魔方陣と僅かに掛かれた魔術式が血のように赤く光る。





その光景を見た祐一の口から出たのは、怒りの言葉でも、絶望の言葉でもなく、慣れた魔術の詠唱。


「――――切り裂け。≪風震≫!」


声に反応し、化け物が祐一の方を向く。

完全に振り向く前に祐一の放った≪見えない刃≫が化け物に数多の傷を付け、出血する。

並の魔物なら完全に分断してしまえるほどの威力なのだが傷は多くとも大したダメージを受けた様子はない。

だが、祐一にとってそれは予想通り。

≪風震≫を放った直後に化け物に向かって駆ける。

辿り着くまでに右手に魔力を集める。

集めた魔力は雷と変化し、溢れだす雷は剣を模倣する。


「――――虚無なる右手の怒り。≪雷光≫!」


横向きに一閃。

≪風震≫によってダメージはなくとも気は反れたはずなのに化け物は右手で易々と≪雷光≫を掴む。


見上げた少年と見下した化け物の視線が絡み、そのまま時が止まったかのように膠着する。

化け物の双眸に歓喜が浮かび、広がっていく。

まるで愛しき者を見つけたかのように。

まるで殺すべき者を見つけたかのように。


「どけ! 相沢ーーーー!!」


硬直を破ったのは祐一でも化け物でもない、第三者。

北川が一直線に槍を向けて弾丸のように跳んで来る。

祐一は≪雷光≫を消し、その場から離脱する。

その直後に北川の槍が化け物の腹部に突き刺さる。

化け物は脇腹が貫通されたというのに、まるで何も無かったかのようにしている。

攻撃した北川の存在を意識にすら入れず、視線を祐一に固定している。


『≪氷天華≫!』


北川も祐一と同じく離脱した直後、二人分の魔術が重なって化け物に向かう。

本来なら一体丸ごと氷漬けにし、そして砕けるのだが、今回は魔術が触れた右手のみを凍らせるだけに留まってしまう。


祐一の居場所に≪氷天華≫を放った二人――名雪と香里が、そして北川が集まる。


化け物は凍らされた右腕を数度上下させた後、左手で右手を掴み、自ら捻じ切った。

捻じ切られたその断面から血が溢れるが、地面に滴ることなくその場に留まり、瞬く間に脹れすぎた腕へと再生された。

同様に北川が穴を開けた脇腹も再生される。

そして化け物は跳ぶ。

落下地点は祐一達がいるその場所。

それに気付き、香里・北川・名雪がその場を離れるが祐一だけは動こうとしない。

化け物が跳んで来るのを分かっていながら悠然とその場に佇む。

咆哮を上げ、再生したばかりの右腕を振り被って落ちて来る。

化け物の咆哮に魂が痛むのを感じながら一歩だけ右へと移動する。


化け物の右手が地面に触れた瞬間、大地が揺れ、轟音が鳴り響く。


一瞬、身体が浮くその威力に香里・北川・名雪は驚き、祐一に早くその場を離れるように叫ぶ。

それを聞いてか、祐一は一歩で大きく後ろに下がる。

化け物も咆哮を上げ、殴りかかりながら祐一を追いかける。

大地の揺れが十ほどあった後、祐一は化け物の背後に周り込み、≪風華≫をぶつけ、吹き飛ばす。

石垣を壊し更に奥にある建物まで飛んだ所で止まり、ぶつかった衝撃で崩れた建物の瓦礫に埋まる。

瓦礫の中から化け物が出てくるのまでの間、祐一はあゆの事を考えていた。

あゆについて行かなかった後悔とついて行かなくて良かったという安堵。


あの異形の化け物が相手ではただの警備兵には荷が重すぎる。

だけど、誰よりも異形の化け物と出会いやすいのは祐一自身。


相反する感情を抱いていると、目の前の瓦礫の山が吹き飛び、天突く咆哮が上がる。





――――ズキン――――





「…………痛ぇなぁ……」


呟きながら片膝をついて、右手を地面に置く。


「てめぇが咆えるたびに魔石こいつが共鳴して痛ぇんだ。ちったぁ黙れ」


祐一に向かって一直線に走る化け物に術を開放する。


「――――弾けろ。≪地の児≫よ」


飛礫――と言うには大きすぎる石が弾丸のようなスピードで地面から跳ね上がる。

それを食らいつつもスピードを落とさない化け物だが、さすがに数が多いのにはイラつくのか怒声のような咆哮が上がる。

それを見て祐一がニィッと笑う。


「大口が開いたぞ、行け。≪地の児≫」


今まで直線的に進んでいた石が方向を変え、化け物の開いた口の中に吸い込まれるように入っていった。

もう入りきれないほどの石が口に詰め込められ、化け物もさすがに動きが鈍り、その隙に祐一は地面から手を離しその場を離れる。


「これでもう咆えられないだろ。ざまーみろ」


楽しげに言い放ち、ついでに≪風華≫をぶつけてから、一連の出来事を眺めていた三人の場所へと移動する。

迎えた三人は祐一の最後の行動に少し呆れた様子だったが、香里がいち早く表情を引き締める。


「相沢君。質問を一つだけするわ」

「一つで良いのか?」

「たくさんあるけどそんな余裕もなさそうだし他は後回しよ」

「そうかい。んで?」
あれ(、、)はなに?」


香里の質問に祐一は意外そうな表情をする。


「なんだ、気付いてなかったのか。香里なら分かると思ったんだが……まぁ滅多に見れるもんじゃないしな」


見れない方がよかっただろうけど。と肩を竦めてから祐一は答える。





「あれは――――『刻印の魔物』だ」





三人の表情がさっと変わる。

それを見て、北川でも知ってるんだな。と祐一は茶化す。


「流石に名前くらいはな。どんなんかはよく知らねーけど」

「なら軽く説明だ。あれは本来そこらにいる普通の魔物なんだ」

「マジか?」

「大マジだ。あいつの胸に描かれている魔方陣と魔術式があるだろ。あれを普通の魔物に描く事で無理矢理契約を発生させる。
 結構危険な契約なんだがそこは省いとくか。かなり一方的な契約だから奴隷の『刻印』みたいなもんで、そこが名前の由来だ」


奴隷かよ。と北川が嫌な顔をする。


「そんなのんびり説明してる場合!?」


香里が青ざめて叫ぶ。

それに対し祐一は首を傾げ、反論する。


「かなり急いで説明したつもりだったが……」

「そもそも説明してる場合じゃないでしょ!? あれが刻印の魔物ならっ、あれが『歌香雨』の街を滅ぼしたっていうんなら……」


敵うわけがない! と香里が言う前に祐一が割り込む。


「確かにあいつは刻印の魔物だが『歌香雨』を襲った刻印の魔物とは少し違う」

「……違う?」

「さっき説明したあいつの胸に描かれている『刻印』。あれは本来ならもっと複雑なんだ」


祐一は空中に指で六望星を描いて続ける。


「あいつのは簡易式だな。複雑であればあるほど化け物具合も上がっていくっつー無茶苦茶な代物でな。
 『歌香雨』の奴は特大の化け物だったがあいつはまだまだ魔物の範疇にあるな」


刻印の魔物の中じゃザコキャラだ。と祐一は笑ってみせる。


「あれで……簡易式……」

「ザコキャラって……」

「地面揺れてたよね……」


だが、それでも他の三人には笑い事ではないようだった。


「契約に付いての説明は――――あいつを倒してからだな」

「あっさり言うけど……倒せるの? 魔物の範疇とか言ってもそれでも相手はあの『刻印の魔物』なのよ」

「確かに簡易式といっても普通の奴なら無理だろうな。けど、それでも香里達三人ならイケルと思うぜ?」

「…………どうかしらね」

「大丈夫だっつの。良い機会だしお前らに譲ってやりたいところだが状況が状況だし」


祐一は魔力を右手に集中させ、ニッと得意気に笑う。


「皆でさくっと倒すとするか」




















「――――『刻印の魔物』か」


地面が揺れる程の攻撃を避けながら久瀬は呟く。


胸に刻まれた赤き刻印。

赤は血。

刻印は魔方陣と魔術式。

魔方陣と魔術式は契約の証。


血で描かれた契約。


「『血の契約』ってヤツね。興味そそられるでしょ、たっちゃん」


襲われてるとは思えない朗らかな調子で夜雲は久瀬に話しかける。


「契約の最高峰だと思うと興味深くはあるが今は特に興味はないね。むしろ期待はずれだ」

「これが相手じゃ会話出来ないもんね。思考能力も闘争本能にまわしてる感じ」


久瀬は肩を竦める。


「早く魔族に襲って来てほしいね」

「あはは。たっちゃんてばひどーい」


そこまで喋った所で久瀬がそろそろ反撃しようと残り少ない魔力を掻き集めようとすると夜雲が主の頭を叩く。


「痛いんだが?」

「たっちゃんさー。あなたもう魔力すっからかんのヘロヘロくんなんだから大人しくしてなさいって」


夜雲は道の脇にあるベンチを指差す。

座って休んでろ。という事だろう。


「僕の数十倍は生きている君に年寄り扱いされるとは思わなかったな」

「私ちゃんと『体力』じゃなくて『魔力』って言ったよね?」

「人間、細かい事を気にしてはいけないよ」

「魔族だもん。私」

「大した違いじゃないさ」

「それもそうね。……ってそうじゃなくて」


くくっと久瀬が笑って、


「君に任せる」


ベンチへと歩いて行く。

久瀬がベンチに座ったのを見届けてから夜雲はそれまで適当に相手をしていた刻印の魔物に向き合う。

原型は――サーベルタイガーだろう。ただでさえ獰猛な獣が手に負えないほどになっている。

『刻印』がある場所は背中。六望の魔方陣に僅かな魔術式と言う簡易のもの。

辺りを見渡せば二、三の死体が転がっているが、ここは街の東方面のメインストリート。

普段は人で溢れており、それを考えるとあまりにも少ない被害。


「んー。ようやく皆いなくなったし、そろそろ相手してあげる」


夜雲が愉しげに刻印の魔物サーベルタイガーに話しかける。

久瀬と夜雲の二人は溢れんばかりの通行人が避難し、居なくなるのを待っていた。

その間、刻印の魔物サーベルタイガーを自分達に惹きつけて。


唸っていた刻印の魔物サーベルタイガーが応えるように咆え、それと同時に氷雪の粒ブリザードを吹き付ける。

夜雲は避ける事もなく少し呟き、それだけでブリザードは彼女を避けるかのように二つに割れた。


「残念。私『雪女』なの。だから氷雪系そーゆーの効かないんだ」


すっと彼女が手を振り上げると刻印の魔物サーベルタイガーの周りの雪が跳ね上がり、上空で雪は氷柱に変わり、氷柱は夜雲の手の合図を待って同時に落ちる。

逃げ場は――――ない。

数十の氷柱が刻印の魔物サーベルタイガーに突き刺さるものの、咆えるとその全てが抜け、瞬時に傷が再生される。


「冬の雪国じゃ雪女は無敵も同然――――って言おうと思ったのにあなたも無敵って言うか不死身じゃん」


困ったなぁ。とまったく困っていない調子で言う夜雲。

彼女は次なる一手を放つ為に雪を自分の周りに漂わせる。





「パワー・スピ−ド・魔力。どれもただの魔物であった頃より数段跳ね上がってる」


夜雲と刻印の魔物サーベルタイガーの戦いを観戦しながら久瀬がそう呟く。


「これは警備兵では荷が重い、か」


懐から魔石を取り出す。

親指と人差し指に挟み、軽く力を入れると乾いた音を立てあっさり割れる。

魔石から毀れだす不可視の力――魔力が久瀬の中に流れ込む。


魔石をもう一個割り、二個割り、三個割り――――合計三十二個割った。


手持ちの全ての魔石を割って自らの魔力へと還元させたが、本来久瀬が保持する魔力に比べれば微々たるもの。

それでも補充する前に残っていた魔力を足せば十分と判断し、次にベンチに立て掛けていた杖を手に取り、杖の先で地面に落書きを描くように魔方陣を描く。

描き終えるとその魔方陣を杖で押さえ、そのまま眼を瞑り、詠唱を口にする。


「――――彼の地の汝、我捉えたる。彼の地の汝、我捉えたる」


詠唱の途中のある一節を何度も何度も繰り返す。

周囲への意識を完全に遮断し、自らの魔術に集中する。

今、魔物に襲われでもしたら、襲われなくても夜雲達の流れ弾でも飛んで来たら久瀬は対処が出来ない。

だが、その心配を久瀬はしていない。

する必要がないからだ。

久瀬は否定するだろうがそこには確かに信頼がある。


「――――向かうは導きの里」


詠唱が次節と進み、魔方陣が淡く発光し始める。





≪異相間転移≫





術を開放すると発光が歪み――――掻き消える。


久瀬が息を吐き、脱力する。

視界に夜雲と刻印の魔物サーベルタイガーが映る。

夜雲は相変わらず愉しげだが服の背中部分がばっさりと裂け、血がこびりついている。

刻印の魔物サーベルタイガーは後ろ右足と尾がなくなっており、その傷の断面は再生されないように氷で覆われている。


夜雲に一撃を入れるとは中々。と刻印の魔物を褒めようと思ったがそれも億劫になり、久瀬は眼を瞑り、身体と精神を休める。

そのまま数分程経ち、何処からか聞きなれた鳴き声が聞こえてきた。

目を開けて見ると鳥の使い魔・ピアリィが飛んできた。

久瀬の上空を旋回して鳴き続けるので、久瀬は手を上げ、ピアリィはそこに降りたつ。


「まだ逃げてなかったのかい? 君は戦闘能力皆無でもスピードは一級品なんだから楽に逃げれるだろうに」


それとも、と続ける。


「逃げたくない理由でもあったのかな?」


ピアリィが鳴く。

久瀬にはそれが肯定だと分かった。

そうか。とだけ答え、座ったまま動かない。

自分に何か行動してほしいならピアリィが何か行動すると考え、それまで行動する気はなかった。

ピアリィは自分が来た方向を凝視していたが、突然鳴きだした。

使い魔が行動を見せた事で久瀬も多少の行動をみせる。ピアリィが鳴く方法を見るだけではあったが。


その方向から人影が見え、大きくなっていく。

人影は人間ではなく魔物・ワーウルフ。

刻印の魔物ではなくただの魔物。

長い体毛に覆われた人型の狼で右手に剣を持っていた。


「クソ鳥っ! どこいきやがった!!」


怒気を乗せまくった怒鳴り声。

辺りを見渡し、久瀬の手の上に乗ったピアリィを見つけ、ニタァと嫌らしく笑った。


「おぅ、人間。その鳥そのまま逃がさねぇようにしてろよ。もし逃がしたらお前の首撥ねるからなっ」


ニタニタ笑ったまま久瀬に話しかけるワーウルフ。


「成る程ね」


久瀬が頷く。


「あぁ? 何がなるほどだ?」

「なんでもありません。それより僕の使い魔が何かやったんですか?」

「……そのクソ鳥てめぇの使い魔か。やっぱりてめぇも殺しとくか」

「殺すとは穏やかではありませんね。殺される前に理由を窺いたいものです」

「理由だぁ!? はっ! そのクソ鳥が俺様をバカにしやがったんだ!」


ワーウルフが言うにはピアリィにいきなり嘴で突かれて、追い返してもすぐにやって来てはまた突いて、だからといって殺そうとすれば逃げだして、とそれを繰り返すうちに苛立ちが募り、ここまで追いかけて来たそうだ。


「ふむ。薄汚れた上に不揃いな毛並み。下卑た笑みにお似合いな下品な口調。持っている剣も持ち主そっくりな錆びて刃毀れした円月刀」


うん。久瀬はと頷いて、


「ピアリィの気持ちも解かるというものです」

「あぁ!? バカにしてんのか!?」


明らかにされてます。


ワーウルフは剣を振り上げ、間合いを詰めていく。

久瀬はピアリィを自分の肩に乗せかえるだけで逃げようとも攻撃しようともしない。


「……人間がぁ……先にてめぇを――――殺してやる!!」


円月刀が久瀬の頭上から振り下ろされた。

錆びて刃毀れした剣でもそれを持つのは人間の数倍の腕力を持つ魔物。

斬られれば錆びて刃毀れしてるからこそ痛みは大きくなる。

その事が久瀬には分かっていた。

分かってはいたが。


逃げようにもこの疲弊した身体は動かせない。

攻撃しようにも残った魔力はあまりにも少ない。


これは死んだかな。


頭蓋から円月刀で斬られるのではなく押し潰され、そのまま真っ二つになり、脳髄や内臓が撒き散らされるのだろう。

血が白い雪を真っ赤に染め、何処までも広がっていくのだろう。

そうやって痛みを存分に味わって、ゆっくりと、それとも、あっさりと死んでいくのだろう。


久瀬はそう思いながら――――笑った。


なんと云うつまらない死に方で現実味がない。


「人の御主人になーにやってるのかな。わんちゃん」


円月刀の刃の先が久瀬の髪に触れるか触れないかの位置で止まっている。

ワーウルフの腕を止めたのは久瀬の使い魔にして魔族の夜雲。

夜雲はにっこりと笑ってワーウルフが何か言う前に力ずくで投げ飛ばした。


「助かったよ。夜雲」


はらり、と落ちてきた自分の髪の毛を掴みながら久瀬が礼を言う。


「なーにが助かったよ。避けようとも止めようともしなかったくせに」


じとーっと半眼で睨む夜雲。


「僕は今『魔力すっからかんのヘロヘロくん』だからね。どうにもできなかったのさ」


薄い笑みを浮かべる久瀬に夜雲は深々と溜息をつく。


「…………たっちゃんさー、それ言うためだけに避けなかったでしょ」

「まぁね」

「……私に『下らない事に命をかける』って言ってたけどたっちゃんも十分下らない事に命かけるよね」

「僕はいつだって命をかけている」

「…………別にいいんだけどさー、ピーちゃん巻き込むのはやめてくんない?」

「助かって良かったな、ピアリィ。君からも礼を言うと良い」


ピアリィはピピッと夜雲への礼というより久瀬への対応に困った鳴き声を出す。


「まぁそれはともかく、どしたの? あれ」


ワーウルフを指差す夜雲。


「ピアリィが連れて来たんだ」

「ピーちゃんが?」


なんで? と首を捻る夜雲に久瀬が答える前に投げ飛ばされたワーウルフが復活した。


「クソアマーー!! てめぇも殺す! 絶対殺す!! 全員ぶっ殺してやるっ!!」

「あーなるほど。そういうことか」


夜雲がうんうんと頷き、えらいねー。とピアリィの頭を撫でる。


「それでは頑張りたまえ。夜雲」

「えーっ私が相手するのー? 向こうもまだ終わってないのに」


そういえば。と視線を向けると刻印の魔物サーベルタイガーは身体の半分を氷漬けにされ、後ろ右足と尾に続き前右足が減っており、脇腹が抉られていた。

だが、増えた傷口は氷に覆われていなく徐々に再生されている。


「そういえば夜雲も背中を怪我したようだが」

「まーねー。休んでると思った誰かさんが思いっきり魔術遣ってるの見てビックリしてさー。避けそこねちゃったのよ、これが」

「戦闘中に動揺するのは死を招くよ」

「私が死んだら骨は粉にして雪に撒いてね」

「覚えておこう」

「無視すんじゃねー!! てめぇらっ!!」


怒り心頭。怒髪天。

ワーウルフが目を血走らせなら走ってくる。


「しょーがないっ。ちょっと頑張って二人を相手するかな」

「刻印の魔物だけで構わないよ、夜雲。ワーウルフは僕がやる」

「休んでてどーぞ。『魔力すっからかんのヘロヘロくん』」

「そういう訳にもいかない」


久瀬はベンチから立ち、足をゆっくり進める。その時ピアリィが久瀬の肩から離れる。

突っ込んできたワーウルフを軽く避け、左手で顔面を押し、脚でワーウルフの脚を払う。

景気よく倒れたワーウルフの腹にゴッと鈍い音を立て、久瀬は自身の左足を押し付ける。


「ピアリィが僕の為に連れてきたんだ。僕が応えるのが筋というものだろう」


なるほど。と夜雲が頷く。


「でも、魔術は遣っちゃ駄目だからね。遣おうとしたら氷漬けにしてでも止めるから」


そう言って夜雲も刻印の魔物サーベルタイガーの元へと向かう。

久瀬は夜雲の言葉を聞かなかった事にしたかったが、彼女なら本当にやるのでそういう訳にもいかず、苦笑する。


「……こっ……この足をどけっ……ろ…………!」


ワーウルフがそう言ってくるので言う通り、足をどけ、代わりに円月刀を持つ右手に降ろす。

ゴキッと骨が折れる音がした。

悲鳴をあげるワーウルフを可笑しそうに久瀬が見つめる。


「知能があるというのも時に考えものですね」


冷たい目で、可笑しそうに見つめる。


「刻印の魔物は見ての通り力を手に入れた代わりに知能を失いました。だけど、そのおかげで僕の興味の対象から外れたんです」


ワーウルフの右手から足をどけ、次は左手に。


「今、僕の興味を引くのは知能ある会話が出来る相手。
 あなたは知能はなさそうですがこの最贅沢は言ってられません。会話が出来るだけ良しとしましょう」


左手に痛みをよりよく味わってもらう為にぐりぐりと押し潰す。


「あなたに少々聞きたい事があります」


ワーウルフが痛みを堪えて久瀬の左足に噛み付こうとする。

だが、久瀬は足を引っ込めてそれを避け、ワーウルフの顎へと足を前に出す。

悲鳴すら上げられずにワーウルフは地面を転がされる。


「大丈夫ですか? 顎が砕けないように手加減はしましたが」


くくっと笑いながら、久瀬はゆっくりとワーウルフに近づく。


「別に今のように反抗しても構いません。あなたの怪我が増えるだけですから」

「…………ふざっ……ふざケる……なっ。だレが……てめぇの質問……に…………こタエる……か!」


ワーウルフの抵抗に久瀬は表情を歪める。


「それも勿論構いません。ただ覚悟してください。夜雲には劣りますが僕も結構――――」





全てを凍らせてしまうような冷笑。





「――――拷問は得意なんです」























〜あとがき〜

やな特技だな、久瀬会長。

どうも。お久しぶりすぎな海月です。

初っ端から祐一が凹みまくるというなんだこれ。な話。

このSSの祐一ってあゆが関わるとローテンションになるなぁ……。

あゆはあゆでイキナリ退場してるし。あゆファンの方々すいません。

しかも魔物襲撃が収まるまで出番なさそうだし……やべぇ。

その内出番あるよ。頑張れあゆ。強くなって一緒に戦えあゆ。でも強くなったらまた祐一が凹むぞ(ダメだこりゃ

まぁいいや(いいのか?

とにかく今回は祐一の敵・刻印の魔物が登場!

が大事です。

けど祐一が言った通り、夜雲VS刻印の魔物の対決ではザコキャラですよ。

祐一もさくっと倒すとか言ってますし。

ようやく出てきたのにこれでいいのだろうか……。

……ん〜…………。

それにしても久瀬と夜雲の会話は書いてて楽しいですw(考えるのをやめた

久瀬と夜雲どっちもボケキャラですよね、これ。久瀬がボケになるとは……。

ていうか襲われてるのにノリ軽いですよ、こいつら。

けどこの二人はどんな状況でもこんな感じ。


なんかあとがきが長くなってしまったのでこの辺で。

次は祐一・久瀬達とは違う人たちのお話です。

それではまた次回にて。


海月さんからお久しぶりです!の第二十話を頂きました。

魔石の共鳴やら刻印の魔物やらまたまた謎が出てきて盛り上がってますね〜

そこそこギリギリな戦いをしている祐一達と余裕ありまくりの久瀬達の対比がいいです。

次で決着が……と思ったら違う人達の話のようで。

楽しみに待ちましょう〜

 

感想などは作者さんの元気の源です。続きが早く読みたい人は掲示板へ!

 

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