雪華都のすぐ西に小さな森がある。

その森には何もない。

極々普通に木々が茂っていて、小動物がひっそりと過ごしている。

ただそれだけの何もない小さな森。

その森を突き進んで行くと、唐突に拓けた場所に出る。

混じりっけのない白さをもつ雪原。その中心に一本、巨木が聳え立っている。

その空間は何もない小さな小さな森にほんの少しだけ存在感をもたせた。


ある日、一人の少年がこの場所を見つけた。

その次の日にはその少年の横に一人の少女がいた。

この日、この時、この瞬間、何もないこの森は特別になる。


そうここは、一人の少年と一人の少女の大切な秘密の――――『学校』




















祐一が森の中を歩き回り辿り着いたのは勿論『学校』だ。

踏み荒らされていないその雪原は太陽の反射によって他の場所よりもより一層輝きを放っている。

精霊すらいそうな気もするその雪原に祐一は構わず足を踏み入れる。
一人分の足跡を残して、中心の樹へと歩み寄っていく。

木々の茂みから中心の樹まで三分の二ほど来たところで足を止め、樹の頂点を見上げる。


「小さく……なったな…………」


昔――七年前まではこの樹の頂点まで上れば天まで掴めると思っていた。
それほど巨大で圧倒的に見えていた。
なのに今はまるでそんな事は思えない。
軽くその上を跳び越す事だって出来る。


あまりにもちっぽけに見えた。


それはこの森自体にも言えた。
いつまでも、どこまでも走っても尽きる事のないと思っていた森。
それが今ではほんの数時間で森の端から端まで見回る事が出来る。

この目の前の巨木すら、囁きの森の木々にに比べればまるで小さい。
囁きの森にはこの巨木の倍近くの高さの木が当たり前にある。


ここは何もない森。

ちっぽけな森。


だけど。





とてもとても大切な――――学校。





ここには何もない。

だけど、見えないモノはたくさんある。

『想い出』がたくさんある。


授業はおいかけっこをして走りまくった。

給食はタイヤキを良く食べた。

休み時間なんて必要なかった。


まるで昨日の事のように覚えている想い出。





視線を上げた時には寂しげだった表情を下げる時には穏やかなものと変え、再び歩みを進める。

次に歩みを止めたのは樹の目の前で、右の掌をそっと幹に触れさせる。

冷たい、と思い、触れる部分を少し離して、掌から人指し指だけへとする。
自分の肩の高さにあった人差し指を幹に触れたまま下へとゆっくり降ろす。

腹部の辺りまで降ろしたところで止め、そこに刻まれた文字と数字、それに一本の横線をなぞる。


『ゆーいち 10』


刻まれた文字と数字。この横に一本の横線がある。

これのすぐ横で少しだけ下の場所にもまた文字と数字、それに一本の横線。


『あゆ 10』


これは七年前、十歳の時に測った二人の身長。


「うっわー。ちっせぇなー。俺ら」


そんな言葉と共に笑いが漏れる。

これだけ小さければこんな森でもでっかく感じるだろうな。なんて思いながら。


指を自分の名前からあゆの名前に移し、少し上へと上げる。


『あゆ 11』


更に上げると。


『あゆ 12』


その上にもその上にも更にその上もまだ続いている。

一番上に刻まれているのは。


『あゆ 17』


祐一が来なくなってからの七年。

あゆは学校に一人で来ていた。

祐一がいなくなってもこの場所を大切に想っていた。

毎年刻まれたこれがその証。

けれど、これは同時に。

祐一があゆを、学校を、放って置いたと云う証でもある。


それまでの生活を捨てて、旅に出た事を後悔などしていない。

していない――――はずだ。


あゆが生きているのだから。

元気な笑顔を浮かべていられるのだから。


その恩は返さなければならない。

それが祐一自身の――――誓い。


幹に触れていた指先をぴんっと弾き、視線を地面へと移す。

ちょうどいい具合に尖った石がすぐに見つかり、それを拾う。

背を幹に合わせ背筋を伸ばす。
右手に持った石の使用法は当然決まっている。


『ゆーいち 17』


幹に新しくそう刻まれる。


それによって七年の空白がより一層分かり易くなってしまった。

しかし、それでもこれを刻んだのは『自分は今、ここにいる』そんな証を残すため。


二種類の成長の証を見比べ、祐一は息を吐く。

笑いが漏れたのか、それとも溜息をついたのか。

この学校のもう一人の生徒ならば間違いなく前者だったであろう。


雪原に足を踏み入れた時のように再び、樹を見上げる。

真下から見れば小さくなったなんて思わない。

昔のように天まで届きそうなほど大きく感じる。

そんな錯覚がなんだか嬉しくて、心が暖まる。


そのまましばらく見上げていたら、今まで気付かなかった鈍い光を発見する。
その光は祐一とあゆの刻んだそれより更に上にあり、ここからではそれが何なのかよく分からない。

祐一は『それ』を取ろうと樹へと身体が密着するほどに近づく。
さほど高い場所にあるわけではない。右手をいっぱいに伸ばし、背伸びをすれば指先が『それ』へと触れる。
少し弄っただけで『それ』はあっさりと幹から取れ、祐一の右手に納まる。


「黒い……石…………いや、魔石……か?」


その石はビー玉よりも少し大きいくらいだろうか、黒く鈍い――――何となく怪しさを感させる光を放っていた。

石を右手で握り締め、精神を集中する。
感覚を研ぎ澄ませれば、掌の内より小さな魔力を感じ取る事が出来る。

確かにこれは『魔石』で間違いなさそうだ。


しかし、この魔石をどうしたものか。

祐一はしばし考えた後――――





「―――――没収」





懐に納めた。


…………いや、ネコババする訳じゃないぞ?


心の中で居もしない誰かに向かって言い訳をしてみたり。


この石が魔石だとは分かっても、それ以上は祐一でもさすがに分からない。

『魔力』が篭められているのか『魔術』が施されているのか、その判断すらも見た目だけでは分からない。

街に戻れば魔道具屋などで専門家に調べてもらう事が出来るので、その為に持ち帰ろうとしているだけだ。


「そういや俺、学校を調べに来たんだっけ」


想い出語りに夢中になって、すっかり忘れてた。

とは言っても森全体の見回りは済んでいるんだけど。


中心の樹があるこの場所に来る前に軽く一回りしたのだ。

七年前では無理でも今ではほんの数時間で終わらせる事が出来る。


ここは魔物も出ないからスムーズに進んで楽だし。


何故魔物が出ないのか。と云う答えは簡単。

この森の近くに『囁きの森』があるからだ。

魔物だって生きていくには食料が必要だし、安全な寝床が欲しくなるだろう。
だったら、こんな食料もない雪に埋もれた森より、食料や暖かな寝床がたくさんある『囁きの森』を選ぶのは当然だ。

だから、この『何もない森』は静かで平穏な場所で在り続けられ、小さな小さな子供の祐一とあゆが遊び回る事が出来たのだ。


ちなみに、見回りの結果は当然の如く、異常はなかった。










「結局あったのはこの魔石くらいか」


あれからあの樹を調べたが、何も見付からず、先の台詞通り収穫は魔石一つのみ。

懐に仕舞った魔石を弄繰り回しながら、祐一は安堵の嘆息をつく。


見付からないに越した事はない。

何も無いに越した事はないのだ。


あゆの『変な感じ』は祐一の思った通り勘違いに過ぎなかったという事だ。

後はこの魔石を魔道具屋で調べてもらって、何もなければそれで終了。

最初は怪しく思えたが冷静になってみれば、これといって変哲のない魔石だし、多分何もないだろうと思う。


そんなわけで今は雪華都へ帰宅中。

木々の枝にぶつからない様に気をつけて森の道を進んでいく。
多少の舗装はしてあってもほとんど獣道。伸びた枝がちらほらあったりする。
距離は大した事ないのでそれほど気にならないが。


そう考えた時にはもう森の終着が近づいてきた。

辺りに茂っていた木々がなくなり、一気に視界が開ける。





踏み荒らされていない雪原。

他の場所よりも一層の輝きを放つ雪原。

精霊すらもいそうな雪原。

その中心にはかつて天まで届くと思えた巨木。





「………………………………学校?」





森から出るはずが何故か森の中心に戻ってしまっている。

しかし、果たしてここは本当に『学校』なのか。それを確かめるため中心の樹に近づいて幹を見てみる。


『ゆーいち 17』


新しく刻まれたそれがまず目に映る。

目線を少し降ろせば。


『あゆ 17』


その下にも、その下にも刻まれたそれがある。

見間違えるはずのないその成長の証。





という事は、間違いなくここは『学校』。





もう一度、今度は駆けながら森を抜ける。

が、やはり辿り着くは『学校』。


街に戻るために東へ向かっていたが、今度は九十度角度をずらして南に森を抜けてみる。

それでも辿り着くのは『学校』。


何かが起こっている。

それが何かはまだ分からない。


一つ確かに分かっているのは――――





「――――学校に閉じ込められた」





思わず、溜息が漏れた。






























同刻・雪華都。


この街には大きく分けて五つの役所が存在する。

街を囲んだ外壁の東西南北に構えられた門に各一つずつ。

この四つは魔物などの外敵からすぐに対応――戦闘を行う事が出来るように。
また或いは、街の中の東西南北に区切られたそれぞれの警備を行うために。

残る一つは四つの役所を束ねる、最も権力のある役所。

街の中心に存在するそれは雪華都の全てを取り締まる最高機関。

そして、そこの長たる者はそのままこの街のトップを意味している。

それが誰かなどとは、言わずも知れたこの人。





水瀬秋子の他にありえはしない。










そろそろ仕事の終わりの時刻、秋子は机の上の書類を片付けてしまうと、次に考えるのは今晩の食事のメニュー。
椅子の背もたれに身体を預けながら、今までよりも一人分増えた食事をあれこれと考える。

まだ献立が決まっていないというのに、目の前のドアから来客を告げるノックの音が響く。
けれど、だからといって文句をつける訳にもいかず、秋子は入るように促す。


「レイ・サルラ。入ります」


入ってきたのは黒髪のショートボブ、背が高く眼つきが少々悪いために人を寄せ付けない感のある女性剣士。
彼女が腰に差している剣は普通の物と少し違う。普通の剣よりも細く、僅かに反りの入った剣――大陸では珍しい『刀』と呼ばれる代物。

そんな彼女は秋子の部下で側近。秘書と言っても構わない。

彼女は手に書類の束を持っており、おそらくそれを届けにきたのだろうと秋子は予想した。

机の前まで来て彼女が一礼するの見てから、秋子は話しかける。


「いらっしゃい。どうしましたか?」

「はい。昨日の頼まれていた報告書をお持ちしました」


レイは書類を机の上に置き秋子に差し出しながら何気なく相手の表情を見て、一瞬動きが止まった。

その書類を受け取る秋子が浮かべている表情はいつもの穏やかな笑み。


「どうしました? レイさん」

「……いえ。なんだか……楽しそうに見えたもので。秋子様、良い事でもあったのですか?」

「あらあら」


秋子は頬に手を当てて笑みを浮かべたまま少し驚いてみせる。


「えぇ。とてもいい事がありました」


祐一さんが帰って来ましたから。


「それにしてもよく分かりましたね。他の皆さんは誰も気付かなかったのですけど」

「私は秋子様の一の部下ですから」

「そういう時は友と言ってほしいです」


秋子の言葉にレイは戸惑いと驚きが混じったような表情になる。

この街の最高権力者に一介の部下が『友』と言われれば、そんな反応をするのが普通だろう。

まぁ秋子がそんな事を言ったりするのは今更なのだが。しかし、だからと言って慣れるものでもない。


「…………無茶を言わないでください」

「無茶……ですか。そうですね。こんなおばさんじゃ友達になんかなりたくないですよね……」


溜息をつく秋子にレイは演技だとわかっていても慌ててしまう。


「いっいえ! そういう意味ではなく……! それに秋子様はまだお若いですしっ」

「いいんですよ……。気を遣わなくても……。はぁ、それにしても残念です……」

「……だから……その……………………どうしたんですか……今日は……。……おかしいですよ…………」


手で顔を覆うようにしてレイが溜息をつく。

その様子がいつもの凛とした姿と違っていて、秋子にはなんだか可愛く感じられた。


「ふふっ。ごめんなさい。少し浮かれてるみたいです」


少しやりすぎだと思い、彼女は素直に謝罪する。


「昨日から何となくそんな感じはしていましたが……今日は更に、みたいですね。よほどの事のようですね」

「はい。よほど、ですね」


秋子がにっこりと笑う。


「秋子様のよほどと言えば…………娘さん――名雪様関連ですか?」

「ふふっ。半分当たり、です」

「半分、ですか。それ以上はさすがに分かりませんね」


レイは軽く目を瞑り、降参の意思表示をする。


「一昨日、ですね。甥っ子が帰ってきたんです」

「甥というと……秋子様の姉の――――」

「はい。姉さんの息子で相沢祐一さんという方です」

「祐馬様と春香様の御子息、ですか。しかし、帰って来たとは? お二方の住まいは確かずっと南の『海只』の街はずでしょう」

「確かに海只の街が祐一さんの故郷で我が家でしょうけど、この雪華都もまた彼の故郷で我が家なんです」

「第二の故郷といった所でしょうか」

「そういう事です。祐一さんは毎年、冬になると遊びに来ていたました。――――七年前まで、ですけど」

「七年前からずっと来ていなかったのですか? だとするとずいぶんとご無沙汰ですね」

「本当。ご無沙汰なんです」


口調を怒ったように演技してみせる秋子にレイは苦笑する。


「しかし、それがどうして『半分当たり』なんです?」

「祐一さんが帰ってきて私はとても嬉しく思いました。けど、名雪はもっと嬉しかったみたいなんです」


怒った演技から今度は弾んだ口調――表情も心の底から喜んでいる微笑み――に変える。


「……成る程。名雪様が喜ぶ姿を見て秋子様も嬉しくなった、という訳ですね」

「ふふ。こういうのも親バカって言うんですかね。娘を見ているだけで嬉しくなるなんて」

「……さて、独り身の私にはなんとも」

「レイさんは男性よりも女性にモテますしねぇ」

「嬉しくありませんね。それは」


彼女は男性にモテても嬉しいとは思わないであろうが。

その手の話題にはあまり突っ込まれたくないため、レイは話を戻す。


「どうして祐一様は七年間も来なかったのですか?」

「祐一さんは――――旅に出ていたんです」

「……旅? 確か彼は名雪様は同い年だったと記憶していますが。十の歳から旅に?」

「えぇ。僅か十歳の年齢で旅に――――それも一人旅に出たそうです」

「一人旅!? この世の中で……それはまた…………命知らずと言うか……酔狂と言うか…………」


当然と言えば当然の感想だが上司の親族に向かって言う言葉ではないため、失礼。とレイは謝罪を挟む。


「……しかし、よく祐馬様と春香様はお許しになりましたね」

「それが……実は許してないんです」

「…………は?」

「家出同然で出て行った…………と姉さんは言ってました」

「…………何のためにそんな事を……」

「……どうしてなんでしょうねぇ」


そう言いながらも思い浮かぶのは『刻印の魔物』と云う言葉。

そして、それと同時にその言葉を出した時の彼の表情も浮かぶ。

かつて浮かべていた無邪気とはまったく別の表情が。


「七年…………成長するには十分すぎる時間ですね……」

「十から十七の時期なら最早別人でしょうね」


そう、まるで別人。

再会した時、まるで気付けなかった。

名雪に告げられてようやく気付いた。

彼だとそう認識して見ればかつての面影を、名残を見つける事は出来る。

それでも再会は唐突すぎたから。

そんな面影を、名残を思い出す事が出来なかった。


けれど、名雪は気付いた。

唐突すぎる再会にも関わらず。

それはきっと彼の事をずっと想っていたから。

七年間。一時も彼を忘れた事がないから。

だからあの娘は一目で彼の存在に気付ける。


「愛の力は偉大ですね」

「…………何を言い出すんですか。唐突に」


だったら、彼はどうだったのだろうか。

彼もまた、ずっと想っていてくれたのだろうか。

一目で気付くくらいに。

一時も忘れない程に。

名雪の事を。


「祐一さんの場合、家族愛なのか恋愛なのかよく分かりませんけどねぇ」

「…………だから何の話なんですか。一体」


独り言みたいなものです。そう言いながら秋子は立ち上がる。


「ごめんなさい。可笑しな事を言いましたね」

「…………いえ」


疑問を残したままであろうにそれでも秋子の動いた理由が分かってか沈黙してくれる。


二人で話していたら、もうこんな時間。

そろそろ帰って夕飯の準備をしなければいけない。


けれど、神様は余程その邪魔をしたいのか、見計らったかのようなタイミングで再度ノックが響いた。

しかも、今度はなんだか焦っているみたいに少し荒々しい。その事に嫌な予感が働く。

入ってきたのは男の警備兵。


「――――失礼します。秋子様。それにレイ様もいるとは……ちょうど良かった」

「どうしました?」

「はっ。報告します。今し方、西の門前にて魔物が出現。オーガが二体にワーウルフが一体。
 ただいま西門・第二班が戦闘に当たっています。鎮圧は間もなく……」

「門前だと? 見張りは何をしていた! それほど近づくまで気付かなかったのかっ!?」


報告の途中に割り込んでレイが声を荒げる。

怒声にその兵は脅え、身体を震わせる。


「――――レイさん」


落ち着いた声で秋子は名を呼び、彼女の怒りを静める。

先程のほのぼのさは消え、『蒼き絶対者』としての静かな貫禄を醸し出す。

それを感じ取ったレイは怒りを押さえ、口を紡ぐ。


「報告の続きを」


警備兵――伝令兵に先を促す。

魔物の出現。それで終わりではないはずだ。

それだけならば鎮圧後――または後日――の事後報告で済ませられる。

にも関わらず、こうやって報告に来たという事は何かがあるという事。


「はっ。その魔物ですが――――≪転移≫されたものではないかとの事です」


≪転移≫――――それは送られた魔物、送った術者がいるという事。

つまり、魔物を倒して終わり。とはならない。


予感が当たった、と思いながら目線をレイの方に向ける。

彼女は≪転移≫という言葉に一瞬、表情を歪めたがすぐに戻す。
予想通りの彼女の反応に、しかし素知らぬ顔をする。


「≪転移≫では仕方ありませんね。あなたにはもう一度、伝令をお願いします」

「はっ!」

「東西南北の全ての役所に伝達――――それぞれ門外に一班ずつ警備。街中にも一班ずつ警備を敷かせてください。
 残りの者はいつでも出動出来る態勢で待機です。
 無論、現在戦闘中の西の門外は除きますが。それとその戦闘に関しては西の者の判断に任せます」


以上です。と伝令を終了させる。


「了解しました!」


お願いしますね。と声をかける間もなく、伝令兵は返事をした後、一礼してから走り去っていく。


「秋子様。私も戦闘に出ます」

「待ってください。レイさん」


伝令と同じく走り去ろうとした部下を秋子は呼び止める。


「何でしょうか?」

「レイさんはある方に連絡を取って下さい」

「……誰でしょうか?」


予想がついているであろうにそれでも彼女は訊く。


「久瀬一族の当主――――久瀬鷹空さんに」


予想通りの答えにレイの表情がひどく歪む。そしてそれは≪転移≫と聞いた時と同じ意味で。

その理由を知っているがあえて彼女に頼む。


「何故……あのような者を?」

「報告を聞いたでしょう。≪転移≫ならばその専門家に来てもらうのが一番です」


秋子が知る限り、この街で転移を使えるのは久瀬一族のみ。


「彼を西の門に呼んでください。久瀬さんが来る頃には戦闘も終わっているでしょう」

「あっ……あんな奴の力を借りなくても私にも転移の知識くらいあります! それに秋子様がいるではないですか!」

「確かにあなたにも私にも知識はあります。けどそれは知識でしかありません」


レイの表情が更に歪む。


「実際に≪転移≫を遣える者と私達では物の捉え方や考え方が違ってきます。そして彼らの感覚が逸早く正答を出せる。
 それはあなたも解っているはずでしょう?」

「それは……わかっていますが…………」

「そう嫌わないでやってください。彼は良い人ですよ」


諭すような口調の秋子にレイは渋面を更に深くする。


「………………私は……あれが嫌いです」

「私は彼の事が好きです」

「………………」


しばらく沈黙した後、レイは覚悟を決めたようで渋面を消し去る。


「――――久瀬一族へ、連絡を取ってきます」


それでもやはり言葉には苦々しさが混じっていたが。


一礼をして彼女は部屋から出て行く。

それを見送ってから、秋子は溜息をついた。


「本当に嫌ってますね……。気持ちは……分からなくはないですけど」


久瀬一族は『召還師』

召還師は『背徳者』


秋子は召還師を背徳者とは思っていない。

しかし。


久瀬一族は『背徳者』


そう言われると否定できない。

そして。

久瀬一族にはそれ以上の――――最悪がある。


「久瀬一族に対しては否定出来ませんが、久瀬鷹空さんに対しては否定しますよ」


レイさん。あなたは久瀬さんを嫌っているけれど。

顔を合わせるのも声を聞くのも名前が出るだけでも嫌でしょうけど。

それでも。

他の人と違って憎んではいませんよね?

だってあなた――――否定しませんでしたから。





「さて、私も出ましょうか」





彼が良い人だという事を。

















〜あとがき〜

肯定もしてませんぞ、秋子さん。

どうも。お久しぶりの海月です。

さてはて、リアルで忙しくて、そしてその忙しさの反動でボケッとしていてSSが書けませんでした。

ぼけぼけしていた期間の方が長かったというのは秘密です。

…………書くのサボってるだけじゃんとか言わないで。

こんな自分の話を待っててくれた方々遅くてごめんなさい。


それで内容は祐一側と秋子さん側に別れてみたり。

つかKANONキャラ差し置いてまたオリキャラ出てます(汗

秋子さんの部下のレイ・サルラさん。彼女はどんなキャラになっていくのかっ。


次回のお話は早めに出せるよう努力する…………と思いますよ?(自信なし)

さてさて一体いつなのか分からない次回にて。それではっ。


海月さんから待望の十四話を頂きました〜

祐一の学校に対する様々な懐かしさなどの思いがとても伝わりました。

そして魔石、≪転移≫で現れた魔物や久瀬一族と、物語が動き出してきて続きがとても気になります。

で、新キャラのレイさん、私個人的には話が進むにつれてものすごく好きなキャラになりそうな感じがぷんぷんします。

どんなキャラになるかはわかりませんが楽しみです。

 

感想などは作者さんの元気の源です掲示板へ!

 

第十三話へ  第十五話へ

 

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送