太陽が光り、白銀の世界は輝く。

冷たくも優しい風は心地よく。

張り詰めながらも清々しい空気に包まれて。

軽やかに脚は進む。

進まなければならない。

進んでくれ。

いや、ホント、マジで。

何故なら。

相沢祐一。

水瀬名雪。

ただいま遅刻をかけたデッドヒート中。




















「ま、間に合った…………」

「よかったね、祐一」


机にへたってくたばる寸前の祐一は平然としている名雪を見て、何か納得の出来ないものを感じる。


「ずいぶん心臓に悪い登校ね」

「朝っぱらから死にまくってるな〜、相沢。鍛え方が足りないんじゃねーのか」

「うるせ……。名雪との登校は……なんかこう……精神的にくるんだ…………」

「わかるわ……、相沢君。あたしも前に名雪と登校してた時期があるけど……一週間ももたなかったわ」

「こ、これが毎日続くのか……。学園来るの嫌になってきた…………」

「いきなり登校拒否は止めろよな」

「それにしても律儀ねぇ。こんな登校に毎日付き合ってあげるつもりなんて」

「…………まぁ色々あってな」

「何があったの?」

「……お前には関係ない事だ。つーか頼むから明日はすぐに起きてくれ……名雪」

「え〜、無理だよ。そんなの」


笑顔でそんなことを言ってくれる名雪にちょっと腹が立った。


「なんでだよ!? あれだけの目覚ましあって何で起きられないんだ!? お前は!!」

「……なんでかな?」

「うわぁ、その反応めっちゃムカつく」

「諦めなさい、相沢君。名雪なんだから」

「……香里。それどうゆう意味?」

「言葉通りよ」

「それじゃわかんないよ〜」

「オレはわかるぞ。水瀬だもんなー」

「じゃぁ北川君。どうゆう意味?」

「あっはっは。言葉通りだな」

「だからわかんないって〜」

「北川君。人の台詞取らないで」

「いいじゃん。オレと美坂の仲だろ」

「どんな仲よ……」

「勿論こいび――――……」


台詞を全部言い終わる前に北川は吹っ飛んだ。

誰が殴ったのかは言わずとも、なんだろうか?

人が吹っ飛ぶという惨劇が教室に広がっているのに周りの人間が気にしないってのはそうなのだろう。

今は疲れてるのでボケもツッコミもやる気のない祐一だった。


「HR始めたいんだが…………」


担任の石橋が寂しげにそう呟いたのは気にしない事にしよう。






























「祐一。昼休みだよ!」

「おぅ! 昼休みだ!」

「朝と違ってずいぶんテンション高いわね」

「授業寝まくって体力回復したからな」

「おぉ、オレと同じだな。相沢」

「お前もか。同士・北川」

「ふっ。授業なんて寝るためにあるもんさ」

「まったくだ。俺も今日そう悟ったぞ」

「甘いな。オレなんて中学――――いや、小学校のころから悟っていたぞ」

「なに!? 北川に負けるとは相沢祐一、一生の不覚っ」

「はっはっは。まだまだ甘いな、相沢」


どんどん盛り上がる二人を見て香里が頭痛をこらえるように額を押さえ溜息をつく。


「まるで北川君が二人になったみたいね……」

「そんな事より早く学食いかないと席なくなっちゃうよ?」

「それもそうね……。ほらっあなた達! じゃれてないで学食いくわよ!」


香里は声を張り上げて二人を静かにさせる。軽く睨みも効かせてみたりしている。


「香里。呼ぶんなら普通に声をかけてくれ。その眼はちょっと怖いぞ?」

「普通に呼んでも反応しないでしょうが、あなた達は」

「祐一のせいで北川君のボケが益々ひどくなった気がするしね」

「水瀬、ひどくなったってこたぁないぞ?」

「そうかな? 北川君、前より生き生きしてるみたいだけど」

「そんなコトもないと思うんだが……」

「二人とも、いい加減にしないと本当に席がなくなるわよ?」


また会話が続きそうだったのを香里が止める。

北川と名雪も席がなくなるのは困るので素直に会話を終了させ、美坂チームは廊下へと出る。


「それじゃ北川君。席取り任せるわよ」

「任された。それでは学園最速・北川潤――――行きます!」


廊下を疾風のごとき駆け、北川は学食に向かう風となった。


「いってらっしゃ〜い」

「ホント迅いな、北川のやつ。マジで学園最速?」

「さぁ? トップクラスなのは間違いないけど」


席の心配はなくなったので祐一達三人は焦ることなく会話をしながら学食へ向かう。


「祐一祐一。私もトップクラスに入ってるんだよ?」

「それはにわか信じがたい発言だが登校時にしっかり確認させられてるからな……」

「まだ二日目なのに大変ね。この娘、寝ながら走ったりするから気をつけた方がいいわよ」

「そいつはまたずいぶんでんじゃらすな事をやってのける奴だ……」

「ホント……。見てるこっちがハラハラするわ」

「あ、朝は仕方ないんだよ〜。身体がぽわぽわして、うにゅ〜な気分になるから気持ち良くなっちゃうんだよ」


名雪から朝とは違う答えが返ってきた。

朝怒られたのでずっと考えていたのかもしれない。


「だから、起きれないと?」

「うんっ」

「良い笑顔で頷いてるんじゃねぇっ。これから毎日起こす身にもなってみろ!」

「えへへー」

「何で嬉しそうなんだよ!」

「相沢君に起こしてもらえるのが嬉しいんでしょ。名雪は」

「えへへ」


香里の言葉に表情を照れ笑いに変化させる名雪。そういう事を言われるとちょっとリアクションに困る。


「あら。相沢君もなんだか嬉しそうね」

「な、なに言ってるんだ、香里君。俺が何に喜ぶっていうのだ」

「どもってるわよ」


くすくすと香里が楽しそうに笑う。名雪もやたらとにこにこしている。


……な、何故だ!? なんか知らんが恥ずい!


祐一は二人から逃げるように、けどそれがバレないように足を早めた。










そんなこんなでついた学食で北川はボケもなく普通に席を取っていた。

机の上にでも立ってポーズでも決めてるとか予想していたのにっ。


「そんな変人と一緒に食事なんかしたくないわ。あたし」

「うむ。俺もだ」

「ならそんな変な予想しないでくれる? 気分が悪くなるわ」

「はっはっは。そいつは悪かった」


今のはまぁ自分のペースに戻すためにボケたようなもんだ。


「けど北川君ならやりかねないよね」

「お願いだから言わないで、名雪。口にしたら本当にやりかねないんだから、あの馬鹿」

「……ごめん。香里」

「……本気で謝ってるよ、こいつ。北川……。お前、本当にそんな事するのか?」


ちょっと引き気味で祐一が問う。

皆の為に席を取っていただけでこの言われようの北川は半泣きで叫んだ。


「ンなコトしてたまるか!! このボケーー!!!!」










泣く北川を放っておくとさすがに周りの視線が痛いので、皆で北川の昼食を奢るというご機嫌取りをして何とか昼食タイムとなった。


「Aランチ〜のいっちご♪ いちごム〜ス〜♪」


他の料理は無視していきなりデザートに付いていたイチゴムースをパクつきながら上機嫌で鼻歌を歌う名雪。


「……名雪。ご機嫌なのはいいが歌うのはやめろ」

「え〜? な〜に? いくら祐一にでもこれはあげないよ〜?」

「聞いちゃいねぇ……」

「いちごが絡んでる時の名雪は相手しないほうが吉よ。相沢君」

「そうは言っても周りの目があるわけだしな……」


さっきの北川の叫びと相俟って余計に周りの視線が痛いんだよ……。

何で平気なんだ? お前ら。

慣れか? 北川の奇行で慣れちまってるのか!?


「なんかすっげー失礼なコト考えてないか? 相沢」

「うるさい。お前の存在の方が失礼だ」

「相沢君。気持ちはわかるけど、かなり滅茶苦茶言ってるわよ」


Bランチのメインのエビフライを食べようとするのを止めてまで突っ込んでくれる香里の存在はありがたいと祐一は思った。

後、イチゴムースに夢中で目の前で広げられている会話を一切無視の名雪の存在は凄く不必要だとも思った。


突っ込みの重要性に思いを馳せながら祐一はラーメンをずずっと啜る。味は可もなく不可もなく。
コメントがまるで浮かばないのがなんとも微妙だ。


その代わりなのか、祐一の後ろから声が響いた。


「あ。お姉ちゃん」


その声の方向に振り向いてみるとショートカットの小柄な女の子がこちらを見ていた。リボンの色で一年生という事がわかる。
ちなみに手にはお盆に乗った学食有り。

『お姉ちゃん』発言から美坂チームの誰かの妹で、祐一と名雪は一人っ子だから違う。そして『姉』だから――――。


「――――北川の妹か」


論理的思考完了。


「とりあえず殴っていい? 相沢君」

「ツッコミなら大歓迎だが殴るのは勘弁して下さい」


マジで睨まないでほしいです。香里さん。

北川みたく拳で空を飛びたくありません。


「あ、栞ちゃん。久しぶり〜。今日はお弁当じゃないんだね」


イチゴムースを食べ終わった名雪が北川の妹(仮定)に隣に座るように手招きする。

彼女は手招きどおり名雪の隣に座り、お盆もテーブルに降ろす。


「お久しぶりです。名雪さん。今日はちょっと寝坊しちゃって学食なんです」

「寝坊って私と同じだね」

「水瀬が寝坊なのはいつものコトだろ。栞ちゃんが寝坊って珍しいね。あ、後オレも久しぶり」

「お久しぶりです。北川さん。寝坊しちゃったのは昨日小説を読んでて寝るのが遅かったので……」


お姉ちゃんには早く寝ろって怒られたんですけど。と栞は苦笑する。


「名雪みたいに寝過ぎなのも悪いが適度な睡眠はきちんと取った方が良いぞ。栞」


香里の睨みをかわしながら祐一も栞に声をかける。


「そうなんですけど。ついつい嵌まっちゃって……」

「気持ちは分からんでもないがな。どんな小説なんだ? 栞」

「もちろん恋愛小説です! 男と女のラブロマンス……ドラマティックに盛り上がる愛……!」

「その手のもんは俺は読まないな……。栞」

「そうなんですか? それなら是非今度読んでください! 絶対嵌まりますからっ。なんなら私の持っている本を貸しましょうか?」

「いや、それは遠慮しとくよ。それより栞…………」

「なんですか?」

「俺はしつこい位に栞の名前を呼んでるのに栞は俺の名前を呼んでくれないな?」

「えぅっ。そ、それはですね…………」

「うん。それはなんだ? 『栞』」

「実は…………え〜と……あの〜…………」


しばらく悩んだ末に栞はにっこりと何かを誤魔化すように笑って、


「お名前なんと言いましたっけ?」


何も誤魔化してないその言葉に祐一は大袈裟に驚く。


「な、なんだって!? あれほど運命的な出会いをした俺の名前を忘れるなんて……」

「えぅっ。運命ですか!? そ、そんなものを忘れるとは由々しき事態です……これは何としても思い出さないといけませんね!」

「頑張れ。栞」

「任せてください!」


『運命』という言葉が効いたのか栞は頭を抱えてまで必死で思い出そうとしている。

それを満足そうに見守る祐一の肩を香里がぽんぽんと叩く。

振り向いてみると…………かなりマジでメンチ切ってる香里さんがいました。


「本気で殴るわ。覚悟はいいわね、相沢君」

「ごめんなさい。栞さん。初対面です。からかってごめんなさい。あなたのお姉さんが怖くてごめんなさい」


ひたすら平謝り。香里怖い。般若怖い。


「……そうなんですか? えぅ〜、騙されました」

「栞。あなたも知らない人と当たり前に会話してるんじゃないわよ」

「えぅ……。ごめんなさい。お姉ちゃん。でもあの人自然に私の名前呼ぶから知ってる人なのかなって思って……」

「それが相沢君の怖いとこよね……」


香里は祐一と初めて会った時の事を思い出す。

自己紹介もすましてないというのに思いっきり無視してその場を去ろうとした彼。

理由がからかう為というのが今の状況と一緒で、謝ってもらっても逆に腹立たしいというも同じだったりするのがまた嫌になる。


「相沢君。殴らないであげるから自己紹介しなさい」

「はっ。光栄であります! 我輩、先日二年B組に配属された相沢祐一であります!(敬礼)」


殴られた。


「……痛い。殴らないと言ったじゃないか。香里」

「……あなたなに? ふざけてないと生きてられないわけ? これ以上ふざけるんなら北川君以上の変人として扱うわよ?」

「ごめんなさい。ホントごめんなさい。それだけは勘弁してください。今から真っ当に生きるので許してください」


それは本気で嫌です。


「…………なんでオレ、なんにもしてないのにここまでボロクソ言われてんだ?」

「普段の行いって奴じゃないのかな?」


席取りの件も含めて扱いのひどさに北川は落ち込む。

しかし誰もそれを慰めようとはしない。放置していれば勝手にまた復活するとわかっているのだろう。


「あは。あなたが相沢祐一さんですか。お話どおりの方ですね」

「祐一でいいぞ。栞」

「はい、わかりました。祐一さん。私は美坂栞です。ご存じ美坂香里の妹です」

「北川の妹じゃなかったんだな。まぁ北川とは似ても似つかないが……」

「えぇ。『義妹』になるには北川さんの頑張り次第ですね」

「香里の頑張りはどうなんだろうな?」

「どうなんでしょうねぇ。お姉ちゃんあれで意外とうぶですから」

「そいつは確かに意外だな。いや、そこまで意外じゃないのか?」

「そうですね。お姉ちゃん結構潔癖だし。それに完璧主義者ですから他人に弱味見せないんですよ」

「その辺は全く意外ではないよな」

「それを踏まえた上で北川さんは結構いい線いってます。お姉ちゃんが家族以外で唯一涙を見せた相手ですから」

「へぇ。なかなか興味深い話だな、それ」

「私も詳しくは知らないんですけど」

「そりゃ残念。けどそれなら北川が振られてその後ストーカーになるってのはないのか……。こっちの方が残念だ」

「残念でしたね。けど北川さんがストーカーになってもお姉ちゃんならやっつけちゃいそうです」

「ボッコボコだろうな」

「ボッコボコですよ」

「いい加減にしなさい。あなた達」


祐一と栞がボッコボコにされました。

いや、ホントは一発づつ殴られただけだが。


「そんな話を本人の目の前でしない。あと初対面で息合いすぎよ」


文句を言いながらもちょっと顔が赤くなっている香里。『涙を見せた』辺りが原因だろうと祐一は当たりをつける。


「仲良き事は美しき哉、だろ。香里も北川と仲良くしてるみたいだし俺も栞と仲良くしても良いだろう? ん?」

「だ、誰もあの馬鹿と仲良くなんかしてないわよ! あれは……あれは過去の過ちよ!」


赤面しながら否定しても何の説得力もないだろう。

香里の新鮮な反応に祐一は楽しさとからかいたさが上昇してくる。

が、その前に北川と名雪が会話に割り込んできた。


「あれを『過ち』って言うのはいくら美坂でもひどいんじゃねーか? 確かにオレじゃ役不足だったかもしれねーけど」

「そうだよ、香里。今のはダメだよ。あの涙は否定しちゃダメ」


二人の言葉に気まずくなったのか香里は若干俯き、何かを考える――――否、思いを馳せている様子。

そして起こしたその顔には申し訳なさと感謝の表情を。


「……そうね。ごめんなさい。今のはあたしが悪かったわ」

「わかればよろしい。へへっ、オレが美坂にこんな風に言えるのも珍しいな」

「そうだね。香里も普段からもっと私達に甘えればいいのに」

「普段のあなた達見てて、どうやって甘えろっていうのよ」


そう言って香里は笑う。
北川も名雪も笑う。

それは何かを乗り越えた種類の強い笑顔。

何かあったのだろう。

祐一が知らない『何か』が。

七年間の空白。

それについて寂しさと孤独感を祐一は感じる。

けれど。

後悔は感じない。思わない。

いま、祐一が思っているのは、


良かったー…………冗談で言った台詞でシリアス空気にならなくて。なりかけたけどなりきらなくて本っ当に良かったー……。


てな感じであった。

空気をぶち壊す男である。


だからまぁ祐一はこの話題でからかうのはやめにした。

なんだか込み入った事情みたいだし。

いずれは笑い話になるだろうけど。今もなりかけてはいるみたいだけれども。

それでも他人が簡単に入りこんで良い種類の話ではない。

そんな事もわからないほど野暮でも、ない。





だから話題を変えて馬鹿話をすることにした。

学生の昼休みに話す事なんてくだらない内容で十分だ。

そんな話の方がよっぽど楽しい。

悲しい表情をするよりも。

思いつめた表情をするよりも。

笑顔で話した方が楽しい。


バカで、くだらなくて、殴られて、新しい知り合いが一人増えた昼休みの残りは笑顔で過ごした。






























「祐一。放課後だよ!」

「なに!? 午後の授業はどこにいった!?」

「あなたが寝てる間に終わったわよ」

「全教科を寝て過ごすとは……さすがは水瀬の従兄妹だな」


起きていきなり香里と北川に呆れられた。

当然だけど。


「いいだろ別に。それより俺は帰るけど、お前らはどうするんだ?」

「オレはバイトだな」

「私は部活〜」

「あたしも部活ね。けどその前に部長の集まりがあるわ。名雪、忘れてないわよね?」

「あ、今日だったっけ?」

「今日だったのよ。本当に忘れないでちょうだい」

「ごめ〜ん、香里。今回こそは寝ないように気をつけなきゃ」

「あなた毎回それ言ってるわよね……」


そんな事らしいので名雪と香里とは教室で別れ、玄関まで北川と一緒に下る事になった。


「水瀬の奴今回も絶対寝るんだろうな」

「会議とかで名雪が起きてるなんて想像すらも出来ないっての」

「想像する必要もないくらい決定事項になってるからなぁ」

「ははっ。香里も大変だな」

「まったくだ。それよりよ――――…………」

「あー、それは確か――――…………」


適当なバカ話に華を咲かせながら、祐一は頭の中でまったく別の事を考えていた。

それは放課後に何をするか、について。


まっすぐ帰るなんて真似はしない。

あゆと囁きの森について調べるつもりだ。

『何処』で調べるか。

『あゆ』と『囁きの森』のどちらについて調べるか。

どんな『方法』で調べるか。


そんな事について考えていた。

そして、そんな事を考えていたからギリギリまでそれに気がつかなかった。





――――殺気!?





祐一は身体を捻り、後ろからの襲撃者を紙一重で避ける。

襲撃者はタックルを避けられた自らの勢いによってバランスを崩し、珍妙な叫び声をあげて倒れた。


珍妙な叫び声は「うぐぅ!」だった。

襲撃者は月宮あゆだった。


「危ない危ない。考え事をしている時に襲うとは考えたな。あゆ! しかし! この俺を倒そうなんぞ百年早いわ!!」


指をびしっと倒れたまま動かないあゆに向かって指し、大仰に謳う祐一。

それでもあゆは動かず、北川も呆然としているのでちょっと寂しくなってみたり。

と、それから数秒ほどたってあゆは勢いよく身体を起こす。


「よけたぁ! 祐一くんがよけたぁ!!」

「相沢……。お前避けるだけじゃなくて、避けた時月宮さんの脚引っ掛けただろ……」


二人から激しく非難の眼で見られる。


「いや、普通避けるだろ。あんな殺人タックルまともに受けられるか!」

「タックルじゃないよ! 抱きつこうとしただけだよ!」

「何を言う。『必』ず『殺』すと書いて『必殺』と呼べるくらいの威力は絶対にあったぞ」

「知らないよ! そんなの!」

「相沢。確かに今のは腰の入った良いタックルだったが、それでも受け止めてやるのが愛だろ!」

「そんな激しい愛は欲しくねぇ……。俺は北川みたく不死身の身体もってないし」

「だからタックルじゃないってばー!」


あゆは今日も元気いっぱいだ。


「で、あゆ。何の用なんだ?」

「急に普通に戻らないでよ……」

「なんだ、もっとボケてほしかったのか」

「それはそれで嫌だけど……」

「ワガママな奴だな」

「誰のせいだと思ってるのさ……」

「もちろん北川だ」

「急にオレをもってくるなっ!」


北川は祐一の突然のフリに突っ込んだ後、諦めたように溜息をついてあゆへと振り返る。


「そういやオレ、月宮さんに聞きたいコトがあったんだ」

「なんだ? 北川」

「お前じゃねぇよ。まぁ相沢にも関係あるっちゃーあるか……。んで、だ。月宮さん、昨日の件でさ処罰の方はどうなったの?」

「あれはね。うん、なんか反省文だけでいいみたい」

「……反省文だけ? マジで?」

「うん。あ、あと昼休みに先生からお説教されたかな」

「んー……。久瀬の旦那にしちゃずいぶん優しい処罰だな……。らしくねぇ…………」


北川はどこか納得がいかないように唸る。

不満気、と言っても良いかもしれない。

逆に祐一は『反省文だけ』というのは十分納得出来る。

むしろ処罰なしでも良いくらいだと思っている。

昨日の迷子の件はあゆのせいではなく、『囁きの森』或いは『第三者』によるものだから。

それは久瀬が切り出してきた事だ。

そう言った本人が処罰を重くする方がおかしい。

そこまで考えて一つ疑問が浮かんだ。


「久瀬の奴……処罰が軽いって分かってて俺達を散々脅したのか…………?」


思わず口に出た祐一の疑問にそうか、と北川は大きく頷く。


「絶対分かってたな、旦那の奴。分かっててオレらを脅しまくったんだ。そうだよ、旦那は性格最悪だからなー。人を追い詰めるのが趣味だしよ」


北川は何か納得して、その事になぜか嬉しそうだ。


「それで反省文はもう書いたのか?」

「ううん。今から。生徒会室で今日中に書き上げなきゃいけないみたい」

「それならこんなとこでムダ話してる場合じゃないだろ」

「そうなんだけどさ。あのね、ボク祐一くんにお願いしたいことがあったんだ」


だから会えて良かったよ。とあゆは笑う。

まるでもう『お願い』が叶ったような笑顔だ。


「なんなんだ? 『お願い』って」

「うん。えっと……あのね…………」


どもりながらあゆはちらりと北川に視線を向ける。
その視線の意味に気付いた北川はくるりと体の向きを反転させる。


「オレ、バイトあるから先いくぜー?」


手をひらひらさせ、こちらを振り向こうともせずそのまま歩き出す。

そして北川の姿が見えなくなり、残されたのは当然、祐一とあゆの二人だけ。

これで誰かに聞かれる心配はない。

それでもなかなか言い出そうとしないあゆを見かねて祐一が切り出す。


「早く言えよ、あゆ。お前この後生徒会室にも行かないといけないんだろ?」

「うん、そうだね。それじゃ、あのさ…………」


少し迷いながらもあゆはようやくそれを口にする。





「――――『学校』って覚えてる?」





その言葉に祐一は心臓がドクンと鳴るのが聞こえた。


「覚えて……ないかな? ほら、大きな樹のある、祐一くんがつくってくれた…………」

「覚えてるさ」


覚えている。

忘れているわけがない。

忘れられるはずが――――ない。


「それで『学校』がどうした?」


平静を保ちつつ祐一が問う。

焦燥などしていない。

動揺などしていない。

していない――――はずだ。


「どうしたっていうか……どうもしないんだけど……祐一くんに様子を見に行ってもらいたいんだ」

「『学校』に?」

「うん。『学校』に」

「なんでまだ。何かあったのか?」

「何かあるっていうか……何か…………変な感じがするんだよ」

「変な感じ?」

「嫌な予感とか胸騒ぎ……とかじゃないと思うんだけど。なん……なのかな? うんと…………」


あゆは自分自身でも良く分かってないようで、色々口にした後、結局また『変な感じがする』と言った。


「それでその『変な感じ』なだけで他人を学校まで行かせようってわけか」

「他人じゃないよ、祐一くんだから頼んでるんだよ」

「さよか。まったく仕方ない……」

「えっ、行ってくれるの?」

「頼んだのはお前だろうが」

「そうだけど、祐一くん代わりに何かしろって要求するかと思って……」

「よーく分かってんじゃないか。もちろん要求ありだ」


祐一はにやっと意地の悪い笑顔をつくる。


「うぐぅ……やっぱりあるんだ。なに……?」

「今度、タイヤキ奢れ」


ビクビクするあゆに軽くデコピンを食らわせながら、祐一は悪戯っ子のように笑う。

突然の攻撃にあゆは眼を何度か瞬かせて、その後彼女も笑顔を返す。


「うん! その時は一緒に食べようね!」

「おぅ。金が尽きるまで食べるから覚悟しとけよ」

「それはちょっと困るかなぁ」

「冗談だ。『お願い』はちゃんと受けたからさっさと生徒会室に行った方がいいぞ」

「そうだね。祐一くん、ありがとう!」


手をブンブン振ってあゆは走り去っていった。

廊下を走るな、とは生徒会長ではないので言わなかった。

あゆの姿が見えなくなって祐一は一人。


「――――『学校』……ね…………」


笑みを消しながら静かに呟く。

窓があったので外を見てみた。

『学校』は見えない。

確か方向が違うはずだ。見えるはずがない。


祐一が放課後に調べようとしていたのは『あゆ』か『囁きの森』のどちらか。

それが『あゆ』に決まった。

勿論、『学校』に何かあるとは限らない。

むしろ何もない方が良いと祐一は思っている。

『学校』に何もないでほしいと願っている。

これ以上何かあってほしくないと祈っている。


ただの想い出の地であってほしいと――――切望している。


けど、そう考えるまでもなく実際は何もないだろう。

あゆの言う『変な感じ』もきっとただの気のせいだ。

あの地は祐一にとって『特別』で、あゆにとって『特別』で、想い出として『特別』だ。

だけど、世界にとってこの街にとって『特別』ではない。

遥か昔とは違って今はもう『特別』ではなくなっている。

だから、何かあるはずがない。

祐一は確認に行くだけだ。何もないという確認をしに。

或いは他に理由があるとするならば。





「――――タイヤキ、食いたいからな」





窓から眼を離し歩き出しながら、もう一度祐一は笑った。


















〜あとがき〜

人に歴史有り。

どうも。海月です。

あとがきの前にお詫び訂正。

前回十二話で『魔方陣』を『魔法陣』と書いていました。『魔方陣』が正しいです。
ぶっちゃけ意味合いとしては大して変わらないので修正はしません。マサUさんにも頼みません。
ただ今後出てくる時には『魔方陣』になっています。
すいません。今後気をつけます。

ってわけでここからがホントのあとがきです!

今回『美坂栞』初登場!
その割には目立ってませんがw

て言うか栞の性格どんなんでしたっけ?(爆

後、今回の話で自分は祐一・北川コンビよりも美坂チームが好きなんだとわかりました。
三人で北川をいぢめるのが好きw


そして次回、舞台は『学園』から『学校』へ。




海月さんから十三話頂きました。

美坂チームの掛け合いが面白いですね〜

気がつけば北川が傷ついているのがなんともw

栞もあのノリのよさというかボケっぷりがなんとも面白かったです。

次回はシリアスメインになりそうですね。

 

感想などは作者さんの元気の源です掲示板へ!

 

第十二話へ  第十四話へ

 

戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送