「……凄い量ですね」
「少し張り切りすぎてしまいましたね」
「私も手伝ったんだよ〜」

祐一の言葉通り、水瀬親子では大きすぎるテーブルが料理でいっぱいに埋め尽くされていた。
ハッキリ言って張り切るとか言うレベルを超えている。

「さぁ、冷めないうちに食べましょう」
「そ、そうですね……」
「いっぱい食べてね。祐一」

にっこり笑う名雪がなんだか小悪魔に見えた祐一だった。










結果だけ言うと、料理は全部食べつくした。
残すと悪い、とか食べる前は思っていた祐一だが、一口食べた瞬間そんな考えは忘れたように一心不乱に食べた。
旅をしていれば野宿は勿論ある。
そうなれば大した食事はとれなくなる。
家庭の味に飢えていたという事もある。
それを抜きにしても秋子の料理は美味すぎるほど美味い訳であるし。
よって食い尽くした。そんな自分の胃袋にビックリだ。

その後はソファーで名雪とのんびり話していた。
美味かったと言ってもやはり食べ過ぎの感は否めず、二階まで上がる気がしなかったからだ。
秋子は後片付けをし、名雪も手伝おうとしたが追い返されていた。気を使ったのだろう。

しばらくして二人は話が途切れ、ただぼんやりと座っっていた。
それは不快ではない。
むしろ、安心する。
何も話さなくても。
そばに誰かがいる。
旅をしている間は味わえなかった幸福に満ちた安心感。
ただそこにいるだけで幸せ。
そんな時間。
誰かがいる温かさ。
確かに感じる。

だから、何もせず味合う。

この――――温もりを。


「あらあら。名雪ったら寝てしまったみたいですね」

え?

ぼんやりしすぎて、それは言葉にならなかった。

「いつもならもうとっくに寝てしまってる時間ですしね。祐一さんと久しぶりに会えて嬉しかったんでしょう」

改めて他人から言われるとテレが来るセリフだ。
祐一は顔を背けるように名雪を見る。
くー。と、可愛らしい寝息を立て安心しきった幸せなそうな寝顔。
彼女の母親がいる前だというのに一瞬見とれた。
すぐに秋子が見ている事を思い出すが、だからといって名雪から目を離すわけはいかない。
そうすると秋子に自分の顔を見られる。と、そう思って。
祐一の顔は赤く染まっていたから。
秋子はそんな祐一の心の葛藤を分かった上で、いつもの――いや、いつも以上の――微笑みを浮かべていた。

「お、俺! 名雪を部屋までつれていってきますっ」

祐一にしては珍しい焦った声。
そんなこと気付きもせず急いで――だけど、名雪がおきないように優しく――抱えて2階に向かう。

「よかったわね。名雪」

幸せそうな娘の寝顔を思い出し、秋子は嬉しそうにそっと呟いた。










どくどく、と早鐘のように鳴る心臓を押さえて祐一は一息ついた。

「まったく……、意外と人が悪いよなぁ……。秋子さんも」

ようやく落ち着いてきてその原因となる物体をふぅ、と見下ろした。

「……てめぇの性だぞ。こら」

ぷにぷにと、頬っぺたをつつく。その度、「ん〜……」とか言って唸るのがちょっと面白い。
このまま自分の部屋――以前来ていた頃に使っていた部屋を宛がってもらった――に戻って寝ようか。と、一瞬頭をよぎったがまだ秋子にきちんと挨拶をしていない。彼女なら気にしないだろうが。それでもやはりケジメをつけるべきだと祐一は思っている。
それに聞きたい事もあるわけだし。
そう思って階段を静かに降りる。

「あ。ありがとうございました。祐一さん」

降りてきた祐一に気付き秋子がキッチンから出てきてにっこり微笑む。

「いえ、大したことじゃありませんよ」

少しためらい、

「家族ですから、このくらい使ってください」

目線を外しながら言う。
だから、目の前の女性がどんな顔をしているかは分からなかったが、それでも嬉しいと思ってくれているのは柔らかな返事で分かった。
やはり気恥ずかしい。
慣れない事は言うもんじゃないな、と祐一は思う。

「祐一さん。なにか飲みますか?」
「え……あ、はい。コーヒーをお願いします」

助かった、と息を吐いた。
秋子が何も言わなければ祐一は固まったままだったろう。
だから、言ってくれたんだろうけど。
さっきまで座っていたソファーに再び座る。

「はい。どうぞ。熱いですから気を付けてください」
「ありがとうございます」

コーヒーカップを渡し、秋子は次に自分の分を持ってきて祐一の正面に座った。
ちなみにさっきまで名雪は祐一の横に座っていた。


沈黙。

コーヒーをカップの中で回す。

切り出したのは祐一からだった。

「あの……。改めてお久しぶりです。秋子さん」
「そうですね……。7年ぶり……ですか」
「えぇ……。心配をおかけしました。7年……、長いですよね。その間俺は、ずっと心配をかけてたんでしょうね……。
 親父にもお袋にも。秋子さんにも。……名雪達にも。ずっと…………」
「…………祐一さん」
「すいません。本当にご心配をおかけしました」

けど……、と続ける彼。

「……これからも心配をかけると思います。しばらくはこの街に滞在しようとは思ってますが……。
 俺はまた……、しばらくしたらまた……俺は……」

苦々しく、しかしキッパリと。

「旅に――出ます」

秋子は祐一をしばらく見詰め、ゆっくり言葉をはきだす。

「……やることがあるんですよね」
「親父達に聞いたんですか……?」
「はい。詳しくは知りませんけど……」
「そうですか。その通りです。やらなきゃならないことが……果たさなきゃならない約束――いえ、誓いがあるんです」
「大切な事――なんですね」
「――――はい」


再度の沈黙。

今度は秋子が切り出す。

「祐一さん」

彼女は笑う。

「ここはあなたの家です」

話がずいぶん飛んでいる。
疑問符が浮かびそうなほど困惑する祐一。

「だから、『それ』が終わったら――――帰ってきてください」

更に微笑み。

「ここはあなたの家なんですから」

祐一はその言葉の真意に気付き――――涙を、堪える。

何も――――聞かない。

何も言わない祐一を信じて。
何も語らぬ甥を信じて。
いつもの微笑みを浮かべて。
言葉少なめに。
言った。

『待っている』

と。

敵わない。

本当にこの人には敵わない。

嬉しくて泣きそうになったのなんていつ振りだろうか……。


「わかりました。必ず……帰ります。この、『我が家』に」
「――――はい」










「話は変わりますが、聞きたいことがあるんですけど」
「なんですか?」

どう聞こうか。

「えっと……、この街の治安ってどうなんですか? 街の様子じゃ結構いいみたいですけど」
「えぇ。街は高い壁にめぐらされてますし、警備兵達も優秀です。ちなみに私もその一人ですよ」
「へぇ。秋子さんがいるなら安心ですね」

SSランクの魔術師・水瀬秋子。
世界最高峰の天才。
人は彼女をこう呼ぶ。『蒼き絶対者』と。

ここでランクについて説明をしておこう。
世の中に魔物がいる以上、様々な被害が出る。
それをどうにかしようとするのが人間である。
そうやって魔物に抗うものの存在・組織が生まれる。
ハンターギルドの誕生である。
商人などの旅の護衛。遺跡の発掘。魔物退治。
それらを頼む上で大事なのはハンターの腕である。
頼んだはいいが魔物にやられました。では話にならない。
ここでランクが出てくる。
一番下はEから始まり、D・C・B・Aと続き、更に上にSがあり、最上にSSがある。
Sランクでさえ稀なのにSSランクまでいくと世界に数人しかいないと言われるほどだ。
その数少ない一人が水瀬秋子な訳である。

「買い被りですよ。SSランクでも数が違えば負けます。ですから街の皆さんにも協力してもらわなければいけません」

確かにその通りではある。
守る戦いと云うのは難しい。
極論を言えば数さえあれば、どんな相手でも負かすことは出来る。
半分で強敵を押さえれば、そのスキに残りの半分でどんなことでも出来るから。
だから、こちらも数がいる。協力がいる。
だけど、協力者はこう思うだろう。
どんな敵が来ても、どんなピンチが来ても、こう思うだろう。
ここには『水瀬秋子』がいる――――と。
だから、協力する。力が湧く。
信頼しているからこそ。

やはり、水瀬秋子は偉大である。

「そうですけどね。けど、やっぱり秋子さんがいるといないでは大きく違いますよ」

その言葉に絶対者はただ笑う。

本題に入ろう。

「それで――――です。魔物についてですけど……」

言葉を――――選ぶ。

「――――『刻印の魔物』について、何か知りませんか?」

考えた末に直球勝負でいくことにした。
祐一の言葉に秋子は一瞬眼を細め、すぐに何事もなかったように戻した。

「あれについては、私も詳しくは知りません」
「そうですか……」
「しかし、あれは噂通り……いえ、噂以上の存在ですね。祐一さんも耳にしているでしょう? 『歌香雨』の街が一夜にして壊滅したと云う話を」
「はい……」

耳にするどころの話ではない。
祐一はあの場にいたのだから。

『歌香雨』はこの雪華都と同じく、大陸の巨大都市の一つであった。
水の街と呼ばれた輝く都市。
歌の街と呼ばれた語りの都市。

それが夜明けと共に消え失せた。
たった一体の魔物の手によって。

思い出す。

水の街が血の街になった。
歌の街が叫びの街になった。
その光景はさながら地獄のようで。
思い出したくない。だけど忘れるわけにはいかない街。

「歌香雨だけではなく近隣の町や村も被害があったそうですし……。そのために詳しい情報をまわすどころじゃなかったようですね。その他には――――……」

取り立てて有益な情報はなかった。
祐一は秋子の言葉が途切れたところで立ち上がる。

「……ありがとうございます。今日はもう寝ます」
「そうですか。お役にたてなくてすいません」
「いえ、助かりました」

口をまったくつけなかったコーヒーをテーブルに置き、部屋に戻ろうと立ち上がった。
秋子は彼の背を見て、一瞬だけ迷い呼び止めた。

「祐一さん。一つだけ質問してもよろしいですか?」
「なんですか?」
「……あなたが、祐一さんが求めているのは刻印の魔物ですか? それとも……、それの更に『先』なんですか?」

この質問は『水瀬秋子』のものではなく『蒼き絶対者』としてのものなのだろう。

家族としてではなくハンターとして。
魔術師として。
戦う者として。
生きる者として。
この世界の住人として。

何か一つ、決着がつく質問。

その質問に祐一は、

「…………先なんて知りませんよ。俺はただ……俺の誓いを果たすだけです」

答えを濁し、逃げた。














〜あとがき〜

こんばんはです。海月ですよ。

名雪が二言しか喋ってないぞ。な第四話。

今回はファンタジーお馴染みのランク説明と祐一の旅の目的でしょうか。
秋子さんはやっぱり最強ですっ。
けど最強は最弱と同等だったり……?

祐一の敵さんの方はなんか大暴れしてるっぽいです。以上(ぇー



第四話です。

このペースで行くと私のが軽く抜かれそう……(笑)

で、祐一の目的、その敵、誓い等、いろんなことが出てき始めました。

佐祐理さんや真琴とかは出てくるのでしょうか?

祐一の出発は、名雪はどうなるのか?

楽しみです。

 

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