人と魔が同居する時代。
光と闇が敵対する世界。
力と力がぶつかり合う世の中。

それ故に力ある者は闘い、力無き者すら時には武器を手に取っていた。

それが何百・何千年以上も続いた。

やがて世界は休息に向かっていった。

魔物は依然として存在していた。
しかし、それに抗う組織も誕生した。

平和とは言えない。
しかし、それでも世界は落ち着いてきた。



少年がいた。
魔物も組織も関係なく旅をする少年がいた。
世界が落ち着いてきたと言ってもやはり魔物は脅威であり、畏怖の象徴だった。
その魔物がうろつく世界を無謀としか言えない独り旅する少年。
屈強な戦士でもこの世界・この時代を独り旅をしようとする酔狂な者はいない。
ましてやこの少年はまだ成人もしていない。
だが、少年はそれを為していた。

その理由を簡潔に挙げよう。

少年はひたすらに非常識な人間だった。

少年の性格・性質・能力・体質――その他の全てに置いて彼は非常識であった。

だから、少年の浮かべる笑みはいつでも矯正ではなく自信の表れであった。

そう――――たとえ、自身が魔物に囲まれた今、浮かべてる笑みも普段と変わらぬ楽しげな笑みでしかなかった。

その少年の名は――――『相沢祐一』と言った。










「ヘルハウンド6匹か……。ちゃちゃっと終わらせるか」

祐一は自分を囲っている狼に似た、そして狼より数倍も獰猛な唸り声を上げる魔物をぐるり、と見回す。
その視界に自分やヘルハウンドより十数メートル離れた場所に馬車と小太りなおっちゃんが見えたがとりあえず無視。

『グゥゥゥゥッ……』

今にも襲ってきそうな気配をしつつもなかなか襲ってこないのは祐一を警戒してか、それとも獲物を吟味しているのか。
とりあえず襲ってくるのをわざわざ待ってやる義理もないので、呪文を唱え始める祐一。
危険を感じ取ったのかようやく動きを見せるヘルハウンド。
まず背後から2匹。
同時に飛びかかってきたその魔物をひざまつくようにして回避する祐一。
だが、それはその後の動きがひどく制限されてしまう。それをヘルハウンドは本能でわかったのか、最初に飛びかかった2匹以外のヘルハウンドが全員で襲ってきた。
それを見て祐一は、ニッと笑う。

「――――弾けろ。《地の児》よ」

飛礫――と、言うには大きすぎる石が弾丸のようなスピードで地面から跳ね上がる。
殺傷能力が高いとは言えない攻撃だがそれでも相手の動きを止めるくらいの威力はある。そして、複数を相手にするときに効果的な魔法であった。

「トドメだ。――――切り裂け。《風震》」

『――――ゥゥ……』

擦れる様な悲鳴だけを残し、ヘルハウンドは祐一の言葉通り見えない刃で切り裂かれ倒れていく。

「コレで終わり――――じゃなかったな。まったく、しつこい」

「――グルゥゥゥゥ!」

ただ一匹残ったヘルハウンドが怒気の篭もった唸り声を上げて、猛然と襲いかかる。
しかし、先ほどの《見えない刃》で即死ではなかったものの十分に致命傷をおったヘルハウンド。
その攻撃は直線的で単調。それを避けきれない祐一ではなかった。

「そのケガでなお挑みかかるのは敬意を払う。そして謝罪する。すまない。すぐに楽にしてやるよ」

再度振るった《見えない刃》。それで最後のヘルハウンドは生命活動を止めた。










「お〜い。おっちゃん。怪我はないかぁ?」

戦闘が終わり、のたのたと歩きながら祐一は馬車のそばで呆然としている人物に声をかけた。
馬車の中の荷物やその持ち主の格好から商人という事がわかる。
その商人は、はっと気付いたかと思ったら辺りをきょろきょろ見渡し、自分を見て馬車を見て、最後に祐一を見て破顔した。

「あ、あぁぁありがとうございます。おかげで助かりました。なんと御礼を言ったら良いのやらワタクシをわかりません。
 魔物に囲まれた時はどうしようかと思いましたが、それもコレもあなた様の――――」
「はい。ストップ。なんかめちゃくちゃ元気そうだな、おっちゃん」
「はいっ。あなた様のおかげで命を永らえて――――」
「だからストップって言ってるだろ」

ほっておくとベラベラながなが礼を言われそうだったので苦笑混じりでムリヤリ中断させる。
それに礼をしてくれるなら現物をもらった方が良いと思ってたりする。そんでそれをそのまま相手に伝えたりした。

「はぁ。ほかでもない命の恩人ですし、何でもどうぞ。と言いたいのですが、これでもワタクシ商人の端くれ。
 只でモノをあげるワケいはいきません!」
「いや、別に……」
「そこでこれ! なんとこの鱗、遥か南の限られた地域でしか発見されない人魚の鱗!!」
「だから……」
「普段は1千万するところを、な・な・なんと! 194万で差し上げます!! どうですか、この破格! ワタクシ倒産覚悟でございます!!!」
「お〜い……」
「どうです! 今だけ! 今だけのこの価格!! 買わなきゃ損です! 損ですよ!!」
「聞けやおっさん」

一人で盛り上がる商人にちょっと怒気が篭もる。
黙ってくれた。さすがにビビったようだ。

「別に。んな鱗いらねーし、欲しくもない。てゆーか。なんで一千万から194万までさがるんだよ。すっげー怪しいし。しかもなんでそんな中途半端な値段になるんだ。いや、それは良いんだが。いらないからどうでもいい。オッケーだ。問題ない。
 俺が欲しいのは水と食料。俺もまだ持っちゃいるけど少し心許無くてな。
 とにかく水と食料だ。わかった? オッケー?」

一通りツッコんで間髪入れずに欲しい物も頼んだ。息が切れるつーの。と祐一はため息混じりに思ったとか思わなかったとか。

「それだけでいいんですか? お安い御用ですよ。少々お待ちください。今用意しますので……。
 確か食料は……『雪華都』行きの荷物の横だったかなぁ……え〜っと、あぁあったあった、ありましたよ」

不意に祐一の動きが止まった。

「あれ? どうしました?」

不思議そうな商人の声に我に返る祐一。

「いや、なんでもない。おっちゃん。一つ聞きたいんだが……」
「はい。一つと言わずに何十、何百でもお聞きください」
「この馬車の行き先に……『雪華都』がある……のか?」
「えぇ。もちろんですとも。あの街はお得意さまでして、他にも――――」

その後の言葉は祐一の耳には届いてなかった。
ただ必要な情報だけを頭で何度も繰り返し、頷いた。

「おっちゃん。もう一つ礼が欲しくなった」
「おぉ! ついに人魚の鱗を買う決心をなさりましたか! 今ならまけにまけて193万に――――」
「俺を『雪華都』まで乗せていってくれ」

商人の言葉を思いっきり無視して言った。
もちろんのごとく頷く商人に苦笑しつつ、祐一は馬車の荷台に乗り込んだ。
荷物が一杯一杯に積んであり窮屈で仕方がなかったがそれでも彼は笑みを浮かべる。
その笑みは懐かしきを思う優しい笑みであった。





「7年ぶり――――か」




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