第7話 そんな彼らの距離









 いざ戦わん――というほどの気概ではないけど、それなりに気合を入れながら相手チームに視線を向ける。

 今度の試合の相手は1年生だけど、ここまで1回しか負けてないから強いところみたい。分が悪いと言えば悪いけど、頑張れば何とかなるんじゃないかな。別にバレー部がいるわけじゃないし。

「それでは、試合を始めまーす」

 審判の合図で試合開始。ジャンケンで決めた結果、先行は相手方になったから、そのサーブを止めないといけないんだけど……

「せっかちゃん、行ったよ!」

「うわわわっ!」

 寸でのところで腕を伸ばして、どうにかレシーブに成功する。

 けど思いっ切りコートの外に向かって飛んでいっちゃった……でも水瀬さんがいるし、大丈夫かな?

「いくよ、香里っ」

「はいはい、いつでもどうぞ」

 水瀬さんの絶妙のトスから、美坂さんが相手のブロックからほんの少しタイミングをずらしてスパイクを放つ。

 ほとんどネットギリギリのところに叩き込まれたそれを取ることはできず、難なく先取点をゲット。ラリーポイントで1ゲーム先取だから、これは貴重な1点だと思う。

「凄いね、美坂さん」

「そうだねー。でもせっかちゃんも凄かったと思うよ?」

「そ、そうかな」

 別にそんなことはないと思うんだけど。結局受けたボールは変なところに飛んでっちゃったし。

「ほら、お喋りしてないで。次、名雪のサーブでしょ」

「わ、すぐ行くよー」

 あんまり急いでるようには思えない口調で、水瀬さんがサーブポジションに立つ。

 このまま先制した勢いに乗って――といけばよかったんだけど、相手の実力はやっぱり凄くて、一進一退の攻防が続くことになったんだよね。正確にはこっちがちょっと押されてたんだけど。

 決着まで相手があと2点で、こっちは4点。まだまだ逆転できる範囲ではあった。

「せっかちゃん!」

「う、うんっ」

 この試合で何度目なのかも分からないけど、とにかくレシーブするためにボールが落ちてくるところに移動しようと足を踏み出した時、

「うわっ!?」

 自分でもどうなったのか理解できなかった。分かったのは、思いっ切り転んでるわたしがいるっていうことだけ。

 倒れたままでいるわたしの目の前にボールが落ちてきて、それがなんだか悔しかったり。

「せっかちゃん、大丈夫!?」

「うん、平気……だと思う」

 心配そうに駆け寄ってきた水瀬さんに答えながら、よいしょって立ち上がろうとして、左足に凄い痛みを感じて思わずそのまましゃがみ込んでしまう。

「せっかちゃん!?」

「だ、大丈夫だから。そんなに心配そうにしなくても」

「でも顔は全然そんなこと言ってないわ。ちょっと見せて」

 審判にタイムを取ってから、美坂さんがわたしの横に片膝を付いてわたしの左足に手を伸ばしてくる。

「つっ……」

「今ので捻ったみたいね。とりあえず保健室に行った方がいいんじゃないかしら?」

「だけどまだ試合が」

「そんな足じゃ、どの道続けられないでしょ。テキトーにその辺から補充要員引っ張ってくるから、霧崎さんは気にしないで」

 そう言って美坂さんが立ち上がったのとほとんど同時に、

「ん? どうかしたのか、せっか」

 突然相沢君の声が聞こえてきてビックリした。顔を上げると、いつの間にそばに来てたのか相沢君がしゃがみ込んでわたしのことを眺めてる。

「あのね、せっかちゃん試合の途中で足捻っちゃったみたいで」

「そりゃ一大事だな。じゃあこれから保健室か……1人で大丈夫そうか?」

「あー……ちょっと無理かも」

「そっか。じゃあ俺が連れてってやるよ」

「……はい?」

 思わぬ申し出にそんな声が口から飛び出してきた。

「え、だって相沢君も試合が残ってるでしょ?」

「あっちなら北川もいるし何とかなるだろ。急いで戻ってくれば参加はできるだろうし」

「でも」

「気にすんな気にすんな。俺1人抜けたくらいで負けるようなクラスじゃないよ。なあ北川」

「ま、そうだな。残り1試合だけだし、応援してくれたら限界超えられるって」

「いやそこまでしてもらわなくても」

 思わず苦笑。

 でも……うん、そうだね。せっかくの申し出だし断るのもよくないかな。

「それじゃあ、お願いしてもいい、かな?」

「おう、引き受けた。じゃあ北川、後のことは任せるぞ」

「任された。キッチリ勝っておくから、オレの勇姿をしっかりと目に焼き付けておけよ?」

「はっは、保健室から見えるならそうしてやるよ」

 笑い飛ばしてから、相沢君はしゃがんだまま背を向ける。

「……あの、相沢君?」

「何やってんだよ。おぶってやるからさっさとしろって。あんまり長い間中断させるのもよくないだろ」

「いやでも、ちゃんと歩いていくから」

「でもさっき、せっかちゃん立とうとしてもできなかったし、そうしてもらった方がいいと思うよ」

 って、余計なこと言わないでよ水瀬さ〜ん。

「それならなおさら歩かせられるかって。ほら、名雪も見てないで手助けしてやれよ」

「うん」

 えーと、わたしの意思は無視ですか?

 正直、みんなの見てるようなところで男の子におんぶしてもらうことになるとは思ってなかったよ……うー、滅茶苦茶恥ずかしいし。

「んじゃ行ってくるわ。名雪たちも頑張れよ」

「うん、せっかちゃんの分まで頑張るからねー」

 にこやかな笑みを浮かべて手を振ってくれる彼女に見送られながら、相沢君の背におぶさって体育館を後にすることになったわたし。

 その途中でわたしの代わりに試合に出てくれる人を連れてきていた美坂さんと目が合ったんだけど、なんだかやたらと意味ありげな表情を浮かべられたんだよねー。あれは一体どういうことだったんでしょうか。

 ……あんまり訊きたくなさそうなことのような気がする。気にしない方がいいかなー。

「しっかし、せっかも災難だったな」

「えっ?」

 保健室への道すがら、唐突に話しかけられてちょっと驚いてしまった。

 そのことがあんまり表に出てなければいいなー、とか思っていると、少しだけこっちに顔を向けながら相沢君が言葉を続けてきた。

「だってさ、せっかくの祭りでケガするなんて」

 お祭りって……確かに体育「祭」だけど。

「あはは、でもわたしどんくさいから。これでもう試合しなくてよくなったかなー、なんてちょっと喜んでるんだよ」

「それだったら最初っから見学でもしてればよかったんじゃないか? そうやってるやつ他にもいるだろ」

 確かにウチのクラスにも何人かいたなぁ。

 でも、せっかく練習したんだし、これで見学してたら昨日までの努力は何だったんだっていう話になっちゃうし。

「てゆーか、ぶっちゃけた話、無理に俺たちに付き合って放課後残らなくてもよかったんだぜ? 嫌だったら嫌だって言ってくれりゃよかったのに」

「あのね……あんなにノリノリでやろうとしてるのに、どうやって断れますか」

「はは、そいつは悪いことをしたな」

「……もう」

 全然悪いと思ってなさそうな彼の後頭部に軽くチョップ。

 だけどね、わたしのためにわざわざ時間を割こうとしてくれるんだもん。それを断るなんて……わたしにはできないよ、相沢君。

「っと、着いた着いた。しつれーしまーす」

 ノックもなしに保健室のドアを開けて、中に入っていく。

 グルッと見回したけど中には誰かいる様子もない……保健の先生はどこ行ったんだろう。

「誰もいないのか? じゃあテキトーに漁らせてもらうかな」

「こらこら、勝手にいじるんじゃない」

 わたしのことを近くにあったイスに座らせて相沢君がそう言った瞬間、ドアの方から声が先生の声が聞こえてきた。見れば先生は苦笑を浮かべている。

「全く、さっきまで他の生徒の看護をさせられていたかと思えば次はカップルで、か。それとも別の用途で使おうと思ってるのか?」

「センセ、日も高いうちから下ネタはどーかと」

「はは、それもそうだ。で、一体どうした?」

 わたしに向かい合うような形でイスに座りながらそんなことを言ってくる先生。そんな風に足組んだら下着見えそうなんですけど。妙にスカート短いし。

 てゆーか、カップルってとこは否定しようよ相沢君。変な風に意識しちゃうじゃない……まさか顔、赤くなったりしてないよね。 

 そんな感じで気が気じゃないわたしのことなんて気にしてないのか、相沢君はさっき水瀬さんたちから聞いてたわたしの足のことを話してたみたいで、先生は何度か頷くとわたしの方に向き直って、

「とりあえず足を診せて。話に聞いただけじゃあただの捻挫か骨折かは分からないしな。……まあそう簡単に折れないとは思うが」

「あ、はい」

 言われた通りに先生の方に、上履きと靴下を脱いでから左足を伸ばす。

「……いくら彼女だからって、マジマジと生足見つめてたら気まずいとは思わないのか、君は」

「え?」

 先生がこんなこと言い出したからふと顔を上に向けてみると、治療を受けてるわたしのことをジッと見てる相沢君がそこにいた。

「って、別にわたしたち付き合ってるとかそういうんじゃ」

「そう照れなくてもいいだろう。2人の雰囲気は十分にそういうものだったぞ」

 グニグニとわたしの足を触りながらの先生の答えに、ちょっと泣きたくなってみたり。

 どうしてわたしの周りにいる人たちは、こうも相沢君とくっ付けたがるんだろう……そんなにいつも一緒にいるかなぁ。

「あんまり彼女のことからかわないでやってくれます? 俺だけならまだしも」

「そうは言うが、日常的に君もやってるんだろう?」

「あれ、分かりますか?」

「カンで言っただけだが、当たってるのか……君も程々にしておいた方がいいぞ」

「それは経験談っすか」

「さあな。……よし、ひとまずこれでいいだろう。しばらくは痛みが残るかもしれないが、軽い捻挫だし数日もすれば治るだろう」

「あ、ありがとうございました」

 何て言うか、色々と聞き捨てならないことを聞いたような気がするんだけど……ここで蒸し返したらまた何か言われそうだし、おとなしく引き下がっておいた方がいいかな。

 ともかくお礼を言って保健室を出る。やっぱりまだ歩くと痛むから、相沢君に支えてもらいながら体育館に戻るべく移動し始めたところで、

「なあ、教室戻らなくてもいいのか?」

 なんて彼が訊いてきた。

「何で?」

「だって、今さら戻っても試合終わってるだろうし、参加できないんじゃあせっかも面白くないだろ」

「そうでもないよ。元々自分でやるより誰かがやってるの見てる方が楽しいから。それに相沢君の試合はまだ残ってるでしょ?」

「あー……まあそれはともかく」

 露骨に視線を逸らしながら、相沢君は肩に回したわたしの腕を少しだけ引き寄せると、

「このまま2人で逃亡ってのも面白いかと思ったんだけどな」

「え? それって」

 どういうこと?

 そう続けようとした時には、相沢君に至近距離から顔を覗き込まれていてドキッとした。

 今までにないくらいに間近で見る彼の顔って、思ってたよりも整ってるような気がしなくもない。てゆーか、こんなに男の子と接近したことないから滅茶苦茶ドキドキするんだけどっ。

「な、何、どうしたの相沢君」

 若干声が裏返っちゃってるような気がする。なんだか自分の声じゃないみたい……

「いや、ちょっとゴミが付いてるから」

「……はぁ?」

「いいからジッとしてろって。すぐ終わるから」

 そう言って、ササッとわたしの右目の下のところを掃ったかと思うと、やけに満足げな表情で彼は、

「これでよし。保健室に着いた辺りからずっと気になってたんだよな」

「あ、もしかしてずっとわたしのこと見てたのって、それで?」

「ああ、そうだけど」

 うーわー、何てことでしょう。凄く弄ばれたような気がするのはわたしの気のせい?

「んで、結局どうするんだ? 戻るなら戻るで手伝うぞ」

「はいはい、それじゃあサクサク戻ってくださいねっ」

「……何怒ってんだよ、せっか」

 ふーんだ。教えてあげませんよーだ。

 何が何だか分からない、といった表情の相沢君だったけど、短くため息をついたかと思うとこっちに来た時と同じようにしてわたしの前にしゃがみ込んだ。

 正直、さっきの言動があったばっかりだからまだドキドキしてるんだけど、せっかくなので好意に甘えることにする。

 振り落とされないようにギュッとしがみ付いて、ちょっとだけ彼の髪に顔をうずめてみたりして。

「……せっかって、あんまり胸ないよな」

「それって凄いセクハラなんだけど?」

「ま、待った! チョーク、チョークは勘弁!」

 とんでもなく失礼な発言を口走る相沢君に制裁を加えたりしながら、まだ消えないドキドキはいつになったら収まるんだろうなんて考えてしまう。

 お願いだから、みんなのところに着くまでには収まって。そう思いながら少しずつ近付いてくる体育館に視線を向けた。





 ちなみに。

 わたしが参加してたバレーは結局最後の試合に負けちゃって、残念ながら決勝進出はならなかった。

 やっぱりわたしがあそこでドジっちゃったからかなー、とか思ってたんだけど、別にみんな勝ち負けにこだわってたわけじゃないみたいだから、戻った時に温かく迎えてくれてちょっと嬉しかった。

 一方の相沢君たちのバスケは危なげなく決勝戦も勝ったんだよね。

 戻った時にはほとんど試合が終わりかけてたんだけど、最後のダメ押しとして相沢君が凄く活躍してたのにはビックリした。

 元々運動ができそうではあったけど、ここまでなんてねぇ……

 あと、そんな彼のことをジーッと見ていたらしく、水瀬さんとか美坂さんとかにからかわれて大変だった。そこまで一生懸命見てたつもりはないんだけどなぁ。






後書き

どーもどーも、作者の迷宮紫水です。こんにちは。
何とかかんとか「何気ない日常の中で」第7話です。
無事に体育祭編を2回で終わらせることができて、ちょっと満足してたりするのは秘密。
でもあんまり2人の仲は進展してるようなしてないような、書いている方もなんだかもどかしい感じがしますね(ぇ
まあボチボチ何かしようとは思うんですが……うーん、どうするのがいいんでしょうかね?
次に起こす予定のイベントがアレですから、結構やりやすいような気はしないでもないんですが。
などと思わせぶりなことを言いつつ、ご意見ご感想、叱咤激励その他「早く続き書いてー」みたいなのがありましたら
こちらまで。


マサUです。迷宮紫水さんから第7話を頂きました〜

祐一とせっかちゃんの微妙な関係が面白いです。

相変わらず、祐一は天然なのか鈍感なのか(笑)

それに振り回されるせっかちゃんが可愛い!

次のイベントが楽しみですね〜何なんでしょう?

時期的に言うとテストか夏休みかになるんでしょうかね?

 

 

感想などは作者さんの元気の源です是非メールを!

 

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