第12話 秋の日の中









「ついに追い詰めたぞ、魔王!」

「……人間ごときが、よくここまでやれたものだと褒めておくべきなのかしらね?」

「なに……?」

「まさかとは思うけど、このあたしを本気で倒せると思ってるんじゃないでしょうね」

「当たり前だ! いつまでもお前の思うようにさせてたまるか!」

「ふふっ……ネズミが獅子を倒そうとしているような状況だというのをどうして理解できないのかしら。だから人間は愚かだというのよ」

「ほざけっ! そうやって人間を侮っているから足元をすくわれることになるんだ!」

「……窮鼠猫を噛む、というやつかしら? でも、一体いつあたしが足元をすくわれたというの?」

「しらばっくれるのか? 今までオレたちが散々倒してきたお前の手下たちは――」

「あんなの、あたし自身の力に比べたらゴミみたいなもの。そういう弱い存在を倒していい気になった人間を葬るのが何よりも楽しいのだから」

「どこまで人間を……っ」

「落ち着いて! あんな挑発に乗っちゃダメだよ!」

「そうだよ、怒りに任せて行動したら勝てるものも勝てなくなっちゃう」

「あははっ、面白いことを言うのね。そこまであたしに勝てると信じている人間も珍しいわ」

「負けないよ。だって正義は必ず勝つんだもん」

「正義、ね……それじゃあその正義の力とやらを見せて御覧なさい!」

「うわぁっ!!!」

「……無様ね。この程度も凌げないようでどうやって勝つつもりなのかしら」

「くっ……まさか、ここまで強大な魔力を持っているなんて……」

「待ってて、今すぐ回復する――」

「遅いわよ」

「あうっ」

「何度も何度も諦めることなく立ち上がってくるのをいたぶるのも楽しいけど、今はそういう気分じゃないから。……そうね、腕や足を1本ずつ千切ってもがき苦しむのを見ることにしようかしら」

「痛っ……」

「くそっ、その手を離せ!」

「あら、あたしがあなたの言うことを聞くとでも思っているの?」

「うあああっ」

「その手を、離せと言ってるんだああああっ!!」

「……うるさいわね」

「ぐはっ!」

「しばらくそこでおとなしくしてなさい。仲間が1人ずつ傷付いていくのを見ながらね」

「く、くそぉ……」

「誰か、誰か助けて……」

「あら、もう命乞い? 案外脆かったわね……興醒めだわ。後でと言わずに今すぐにでも――」

「そこまでだ、魔王!」

「……そ」

「その声は!」

「この勇者ユイチ・アイーザワが来たからには、お前の悪行もここまでだ! 魔王ミサカーノ・カオリーン!」

「ふん……わざわざ勇者を名乗る人間まで来るとは、念入りなことね。でも思い上がるのもそれくらいにしておきなさい。人間ごときにあたしは倒せない」

「ふっ、それはどうかな」

「なんですって?」

「この『魔を断つ剣』を知らないとは言わせないぞ。これがあればいかに魔王と言えども恐れるに足らず!」

「くっ……こしゃくな!」

「さあ、今日をお前の命日にしてやるぞ、魔王!」

「人間が、思い上がるな――!!」





「……却下」

「何故に!?」

 相沢君に手渡された紙束に目を通していた美坂さんが一言で切って捨てた。

 妙に自信満々だった相沢君は、それを聞いた瞬間に愕然としたまま彼女のことを見やる。

 ああいうリアクションをするってことは、相当に自信があったんだろうけど……あそこまであっさりと美坂さんが却下するなんて、どんな話を書いてきたんだろう?

「あのね、相沢君。今がどういう時期か分かってる?」

「当たり前だろ。夏も終わって2学期最大の行事である文化祭まであと3週間ってところだ」

「一般的には受験まであと3ヶ月くらいしかないってことの方が重要だと思うんだけど……そこを分かってるならどうしてこんな脚本が書けるのよ」

「おいおい香里、まさかこの俺が3日間寝ないで昼寝して書いた脚本に欠陥があるとでも言うのかよ?」

「欠陥どころの騒ぎじゃないわよ、まったく……」

 教卓の上に両手を付いてうなだれる美坂さん。そんな彼女の姿を相沢君は納得できない表情で見ている。

 事の起こりは今相沢君が言ったように3日前のこと。

 3年間の中で受験を除けばわたしたちにとって最大の学内イベントである文化祭が迫ってきていることを知った相沢君がSHRショートホームルームで、

『――俺がバッチリみんなの記憶に残るようなことをやってみせるぜ!』

 なんて、堂々と宣言してみせたんだよね。

 正直な話、受験までもうあんまり時間もないんだし、他の人たちはそこまで乗り気にはなってくれないんじゃないかなー、と思ってたんだけど、どうやらわたしの想像以上にノリのいい人たちが集まってたみたい。

 もちろん3年生は体育祭と同様で自由参加なんだけど、相沢君が宣言したせいですっかりやる気になっちゃったみたいで。

 そして迎えた今日の文化祭についての話し合いの場で意気揚々と相沢君が美坂さんに手渡した紙の束――演劇の脚本は、いともあっさりと却下されることになったのでした。その瞬間クラス中にガッカリとした空気が流れ始めたんだから、どれだけ期待されていたのかが分かるってもんだよね。

「そこまで言うなら、一体何が不満なのか説明してくれよ」

「あのね、自分でも言ったでしょ。本番までに3週間しかないってこと。そんな短い時間で演技指導できる?」

「やってやれんことはないだろう」

「そりゃ、去年までみたいに文化祭に集中できるなら不可能とは言わないけど、今年は事情が違うじゃない。それに演技だけじゃないわ。こんな手間のかかりそうなセットを作れると思ってるわけ?」

「む、それは……確かに厳しいのか?」

「何で疑問形なのよ……それに演劇をやるなら体育館を借りることになるでしょうけど、その場合1つの出し物に割り振られる時間はせいぜい30分が限度よ。こんな長いのができるわけないでしょうが」

 ドンッ、と教卓の上に相沢君謹製の脚本が叩きつけられた。何となくその音に身を竦めちゃったのはわたしだけかなぁ。

「だ、だったら場面を切り出せば」

「だいたい、どうしてあたしが魔王役なわけ? 納得のいく説明をしてもらいましょうか」

「う、そ、それはだな……」

 ズズイッと詰め寄られて言葉を失う相沢君。あれは相当怒りを買ってるよねー。

 まあでも、知らないところで魔王なんて役を割り振られてたら怒ると思うけど。……人によっては自分からやりたがるかもしれないけどね。相沢君とか北川君とかはノリノリで引き受けそうだけど。

 それにしても魔王だなんて、ファンタジーな単語が飛び出したもんだよね。男の子ってそういうの好きだから無理もないのかなぁ。そういう憧れとかあるんだろうね、やっぱり。

「えっと、アレだ、何となく?」

「ふーん、つまり相沢君の中であたしはそういう風に思われてるなわけね。よーく分かったわ」

「いやいやちょっと待ってくれ! この脚本の配役はあくまで仮のものであってだな」

「その割には個々の役柄がハッキリしてるのよねぇ。まるで実際に見てきたかのようだわ」

「うう……」

「で、どうなの?」

「……ゴメンナサイ、ワルフザケガスギマシタ」

 どうして片言なんだろう。

 そう思ったのはわたしだけじゃなかったらしく、美坂さんも盛大なため息をついてから、

「ともかく、これはどうやったってできっこないから。おとなしく他の企画を考えるか、参加することを諦めるかのどっちかね」

「ここまでやって引き下がれるわけがないだろう! さあ諸君、次なる案をひねり出すのだ!」

 なんて、こっちに向かってそんなこと言ってくるし。

 わたしとしてはおとなしく勉強してた方がいいと思うんだけど……そこここで相談している声が聞こえてくるってことは、みんな結構やる気なんだね。

「ねね、せっかちゃんは何かいいアイディアない?」

「え、わたし?」

「うんうん」

 突然水瀬さんに話しかけられて困ってしまう。

 やっぱりわたし自身そこまで乗り気じゃないってこともあるのか、そんなにいい考えは浮かんでこない。

 文化祭の定番と言えば、喫茶店とかお化け屋敷とかなんだろうけど……相沢君が指揮する中で、そんな平凡な意見が通るとは思えないし。

 それに定番っていうことは他のクラスも同じようなことをしようって考えてるんだろうし、そうなってくるとどんどん競争が激しくなっていくんだよね。あんまり似た企画ばっかりになってもしょうがないわけだからして。

「う〜ん……難しいなぁ」

「思いつかない?」

「そういう水瀬さんはどうなの?」

「えへへ、わたしもさっぱりだよ〜」

 テヘッとちょっとだけ舌を出しながら困ったような表情を浮かべる水瀬さん。

 その姿は同性のわたしから見ても可愛いな、と思ってしまう。こういう女の子がウェイトレスをやってたらお客さんが集まってくるのかなぁ、なんて考えていたら、

「せっかもほら、なんか意見出してくれ」

「へっ?」

 いきなり相沢君に呼ばれてビックリ。ちょっと間抜けな声が出てしまいました。

 見れば黒板にはいくつか出たらしい案が書き連ねられていたわけだけど、やっぱりそんなに目新しい企画は書かれてなかった。みんな考えることは一緒みたいだね。

「何かって言われても……」

「このままこんな変哲もない企画で終わらせてなるものかよ! とゆーわけで、ここらで1つ気合の入ったやつを頼む」

「いや、だから頼まれても困るんだけど」

 文化祭の企画ひとつでここまで真剣になれる人も珍しいと思うよ、わたしは。

 でも、ここまで真剣に頼まれたらどうにかしなきゃって考えちゃうんだよね……だからってすぐにいい考えが浮かんでくるわけでもないんだけど。

「……って、そうだ」

「お、いいアイディアが浮かんだか?」

「いいかどうかは分からないけど、フリーマーケットとかどうかな」

「フリマか……」

「うん。みんなの家にあるいらないものとか集めてさ。それだったら直前に会場設営だけやればいいから時間もそんなにかからないし」

「そういう意味では確かにいい意見かもしれないわね」

「だが独自性が足りないぞ。他のクラスでも似たようなことをやるかもしれん」

「だったらこういうのはどうかな、祐一。買ってくれた人には飲み物1杯プレゼントっていうの。それだったら喫茶店やりたい人もできるし」

「よし、それだ名雪!」

「……そうすると教室という限られたスペースをいかに有効に使うかよね。単純に真ん中で仕切っただけだと何かと不都合が出るでしょうし、何より喫茶店側は裏での作業をあまり見せるべきではないだろうし」

 デカデカと黒板に今のわたしと水瀬さんの意見を書き込んでいく相沢君と、その隣で早くも色々と考えている様子の美坂さん。

 そして彼女の指示を受けてみんなの間を駆け回ることになるのが北川君。何でもみんなの家にどれくらいいらないものがあるのかを確かめるために適当な紙に書いて集めるんだって。

 あっと言う間に自分の意見が採用されちゃって、ビックリしているわたしはすっかり置いてけぼりになった気分。

 だけどまあ、何だかんだで自分の意見が選ばれたっていうのはちょこっとだけ誇らしかったりもするのでした。





 それから数日。

 美坂さんのところに集まったフリーマーケットに出品できそうな物のリストを見てちょっと唖然。

 家でどんなものが出せそうなのかを調べるのに時間がかかった人もいたみたいだけど、ここまで色んなものがピックアップされるとは思わなかった。

「昔使ってたおもちゃとか、使わない食器とかはまだ想像してたけど……」

「そうね。まさかいらなくなったCDプレイヤーやら、果てはパソコンまで出せるなんていう人がいるとは思わなかったわ」

「ど、どうするのこれ? みんな持ってきてもらうの?」

「そんなわけないでしょ。さすがに家電関係は売るにしても冗談じゃ済まない金額になっちゃうでしょうし、そもそも文化祭に来る人がそんな重い荷物を持ちたがるわけないじゃない」

「だ、だよねぇ。じゃあやっぱり軽くてかさばらないものが中心ってことになるのかな」

「ええ。まあお客さんが何を欲しがるかまでは分からないから、種類は広く浅くってことになるでしょうけど」

 その言葉にちょっと安心。いくらなんでもパソコンなんて並んだ日には先生から何を言われるか分かったものじゃないからね。

 でも、せっかくなら何か音楽とか流してもいいような気がする。結局喫茶店と併設するわけだし。

「あ、そういえば教室の区切りってどうなったの?」

「基本的には喫茶店の方をメインにするような感じになるかしら。スペースとしては前の入口を締め切りにして作業する場所にして……」

 取り出したノートに教室の見取り図を描きながら、どんな具合になるのかを説明してくれる。

 階段に近い後ろ側のドアだけを出入口にして、すぐそばに並べられた机がフリーマーケット用の品物置き場。欲しいものがあったら近くの誰かに話しかけてそれを購入するっていう感じみたい。

 それで残りのスペースは全部喫茶店用にするんだって。まあ喫茶店って言っても商店街にある百花屋みたいに食べ物も出すわけじゃないけどね。基本的に全部買ってきたペットボトルのジュースとかお茶になるから。

「……と、まあこんな感じかしらね」

「美坂さんってホント凄いね。こんなきれいにまとめられちゃうんだもん」

「たいしたことじゃないわよ。だいたいこんなの誰だって思いつくことじゃない。誰かさんみたいに考えもせずに放棄しなければ、だけどね」

「ずいぶんな言われようだな、俺」

「あら、誰も相沢君のことだなんて言ってないわよ? ただ、自分から実行委員に立候補しておきながらふざけた脚本を仕上げた人がいたなー、って」

「……香里って結構根に持つタイプなんだな」

「何か言ったかしら?」

「滅相もない」

 言いながら平伏ひれふす相沢君の姿にクスクスと声を漏らして笑う美坂さん。

「それにしても、霧崎さんがこんなに積極的に参加してくれるとは思わなかったわ」

「え、そう?」

「ええ。どっちかっていうと相沢君と北川君このふたりに無理矢理引き込まれるってタイプじゃない。だからちょっと、ね」

 自分ではそこまで巻き込まれてるようには思ってないんだけど……ああ、でもちょっと否定はできないかな。夏休みのこととかもあるし。

「でも今回はわたしが発案した意見が通っちゃったわけだし、あんまり無責任なことはできないかなぁって」

「そういうことが言えるのは、あたしなんかより偉いと思うわよ」

「そ、そんなことないよぉ」

 咄嗟にパタパタと手を振って否定する。

 いきなりこんな風に言われたら照れちゃうっていうよりはビックリだよ……自分でもそんな風に思ったことないのに。

「……それにしても水瀬さん、遅くないか?」

「そうね、先生に確認取るだけだからそんなに時間もかからないと思うんだけど」

「ただいまー」

 噂をすれば何とやら。

 学級委員である美坂さんと文化祭実行委員の相沢君と北川君、それに水瀬さんとわたしは企画発案者ということで、この数日間どんなことをするのか具体的な内容について話し合っていたんだ。

 で、それを水瀬さんが今まで先生に知らせに行ってた、というわけ。あの表情からすると大丈夫だったっぽいかな?

「それで先生は……って、聞くまでもなさそうね」

「え、何で?」

「そんなに嬉しそうにしてたら誰だって分かるわよ。OK出たのね?」

「うん。他のクラスもやっぱり喫茶店やりたがってるところは多かったみたいだけど、うちのは新鮮なアイディアだからって。生徒会の人たちも期待してるって言ってたよー」

「あら、ずいぶんと評判いいみたいね。2人とも少しはやる気出たかしら」

「おうよ。つーか、元々やる気がなくなってたわけじゃないって」

「……スマン北川、俺は正直ちょっと微妙だった」

「あの脚本、そんなに自信あったんだ相沢君……」

「そりゃそうだ。3日3晩寝ずに書き上げた代物、何故そこに自信がないのか」

 わたしも読ませてもらったけど……何て言うかその、微妙にも程があるって言うか。

 相沢君が演技指導とか、自分で演技するっていうのなら結構面白くなるのかもしれなかったけど、うーん。

「せっかだってやりたかっただろ、アレ」

「あー……ゴメン、ちょっとそれはどうだろ」

「……スマン北川、やっぱ俺ダメだ」

「お、おいしっかりしろ相沢! 傷は深いぞガックリしろ!」

「バカは放っておいて内装についてでも決めちゃいましょ。まだ帰らなくて大丈夫でしょ?」

「う、うん……」

 ホントにいいのかな。いつものことながらスルーされた2人が硬直しちゃってるんだけど。

 そんなことを考えているわたしの横で、美坂さんと水瀬さんは入口にはこうだとか品物を載せる机にかけるカバーはどうだとか、一生懸命に話し合っていた。

 その様子を見ていると、そのうち相沢君たちも復活して口を挟んでくれるんじゃないかなって思えて、自然とわたしも話し合いに参加する気持ちになれたのは、自分でもちょっと意外だった。






後書き

もう何度目か分かりませんが、お久しぶりの迷宮紫水です。
「何気ない日常の中で」第12話でした。
読んでの通り文化祭編の前半戦です。
何と言うか、今までに比べて「やっちまった」感が強いんですが……
祐一のネーミングセンスとかは激しくテキトー。
それに時折知ってる人は知ってるネタが混じってたりもします。分かった人は……まあニヤリとしてくだされば。

いよいよ次回はクライマックス。
色々なご意見ご感想、叱咤激励その他「とっとと続き書き上げて」みたいなのがありましたら
こちらまで。


迷宮紫水さんから12話、13話を頂きました。

う〜ん、私もはじめの祐一のシナリオ好きなんだけどどこがいけなかったんだろ?w

そして文化祭、私の高校のときは茶店みたいな感じでお団子とか売ってたなぁ〜

懐かしいw

それにしても祐一や北川以外にも十分すごいクラスメイトがいるね、パソコンを出すなんてできないよ私には。

そして次回は文化祭本編です。

いろいろ言うより読んだ方がいいですねw

 

感想などは作者さんの元気の源です是非メールを!
特に続きを読みたい人はぜひ!

 

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